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9月24日ラジオ【黄金の名曲洋楽特集 60年代編】

■こういう音楽的な特集は聞き逃せません。なぜなら桑田さんが音楽について語ると面白いから。ご自身の体験や感覚を交えて正直に話をしてくれるから面白いんです。ザ・バンドについてのコメントなんて素晴らしいと思いました。

rock on
黄金の洋楽特集

・3週連続で洋楽特集・棚からひとつかみ。今日は1960年代編
・主にビルボードで大ヒット曲した曲を中心。
・この時代は思い入れたっぷり。力が入る。
・一番戻りたい時代小学校6年1967年

ローリングストーンズ / 黒く塗れ
The Rolling Stones / Paint It,Black

・1966年のシングル盤
・姉貴にシングル盤で聴かせてもらって、それまでの人生でこういうのがなかったから鳥肌がたった。
なにこれすげーってびっくりした。あーいう初期衝動が今の自分を支えている。
・ジャガーっていう名前の外人しらなかった。

ママス&パパス / マンデーマンデー
Mamas&The Papas / Monday Monday

・外人ってのはコーラスがうまいっていまさらながら思う。
・ライブっていうアルバムを大学の時に初めて聞いた。今でも忘れられない。

ザ・ビーチボーイズ / ファンファンファン
The Beach Boys / Fun Fun Fun

・ビーチボーイズといえばデビューの翌年江ノ島でのジャパンジャム。
・正直いってその頃ビーチボーイズ詳しくなかった。
・ブライアンが一番おぼつかないというか、あぶないなぁ人だった。でっかい人。
・横須賀の海兵隊がたくさんきて、アルコールがはいって炎天下。水着の女の子達を肩にかついで海兵隊が。江の島に西日が沈んでいく時にオオトリのビーチボーイズがでてきて、なんて凄いんだろうと本当に生涯忘れられないコンサートがあるとしたらジャパンジャムはそのひとつ。
・グルーピーの女の子達、関係者の女の子達のパンツがねぇよくみえて、水着のおねえちゃんたちが外人に肩車されて西日に照らされてた。

ゲーリルイスとプレイボーイズ / 恋のダイヤモンドリング
Gary Lewis&The Playboys / The Diamond Ring

・あたしは小学生
・よくきくとうまい、かっこいい。
・1965年。
・アルクーパーが作者としてクレジットされている。
・ティンパニーが入っている。

オーティス・レディング / ドッグオブザベイ
Otis Redding / The Dock Of The Bay

・ちょっと遅れてしる
・白人のロックっぽい・ポップっぽいものをたくさん姉貴から聴かされて後に、これからは踊れないとだめなんだといって、オーティス・レディングとかサム・クックを聴かされた時期もあった。
・歴史上の偉大なシンガー8位。Booker T. & The MG’sがバックバンド。それぞれ名うてのミュージシャン。ギターが音がぶつかっているのがかっこいいんだと斉藤誠が言う。

シャーリ・バッシー / ゴールドフィンガー
Shirley Bassey / Goldfinger

・サビから転調に戻るところ、俺も歌ったことあるけど難しい。理屈はわかるけど戻れない。
・60年代70年代自分の人生とどうしようもなくリンクしている。
・60年代小学生、中学生戦後という雰囲気はなかった。右肩上がり、前のめりの空気はあった。
・コーラスというのは日本人の音感の中にはあんまりないんだろうと思う。
・白人がハモるブルガリアのハモなんてすごいらしい。おばさんたちがヨーグルト工場でとんでもない複雑なハモを朝から普通にやってる。
・自分なりにビートルズを2声で初めてうたったときにうわぁすごいとゾクっとした。

ザ・バーズ / ターン・ターン・ターン
The Byrds / Turn! Turn! Turn!

・エレキの12弦をはじめて知った。
・四角いサングラスがおしゃれだった。

フィフスディメンション / ビートでジャンプ
5th Dimension / Up,Up And Away

・おれの時代でいえばフジテレビのミュージックフェアだ。
・このグループみなさん聴いてみてください。
・中二ぐらいのときに輝く星座がやたらヒットした。

ピンキーとフェラス / マンチェスターとリバプール
Pinky&The Fellas / Manchester&Liverpool

・イギリス、アメリカではまったくヒットしなかったが日本では大ヒット。

シーカーズ / ジョージガール
The Seekers / Georgie Girl

・もうね、偽善的でいいね。
・67年全米2位
・くちぶえがいいし、ちょっとマイナーになるところがせつない。

フランク・シナトラ / 夜のストレンジャー
Frank Sinatra / Strangers In The Night

・最後転調してたり、スキャットがいかす。
・1966年に出たときにはびっくりした。1940年代の人ってイメージがあった。
・エリッククラプトンとか加山雄三さんと発声が似てて素敵だなぁと思ってる。

モンキーズ / 恋の終列車
The Monkees / Last Train To Clarksville

・小学校6年の頃テレビでみてた。クラス中が大騒ぎ。
・デビュー作。一流どころの人達がバックをやってる。自分達であんまり演奏してない可能性が強い。
・ビートルズなみのアイドルを人工的につくっちゃおうとつくられた。
俺らにとってはビートルズよりもすきだった。
・俺なんかの世代がこのイントロ聴くとやったぁとおもっちゃう。たてぶえくわえたあの子のことを思い出す。
いまだに聴く。

クラシックスフォー / スプーキー
Classics 4 / Spooky

・前身のアトランタリズムセクションとサザンがジャパンジャムをやったのは1980年。
・神戸と横浜
・南部っぽいグループでかっこよかった。
・向こうのマネージャーがお前ら出番が長すぎるんじゃねぇかと色々言われて怒られて、うちの当時の社長の大里さんが外人のマネージャーと喧嘩してた。ありがたかったけどねぇ。

アレサ・フランクリン / チェインオブフールズ
Aretha Franklin / Chain Of Fools

・車の中で聴きたくなる。
・俺の血の中に流れてないから、無関係だから車でよく聴く。

クリーム / サンシャインオブユアラブ
Cream / Sunshine Of Your Love

すごい音像。66年の録音。
・クラプトン20歳ぐらい
・リアムタイムにいたけどあんまりビーチボーイズは聴かなかった。達郎さんとか萩原健太とかたいしたもんだ。
・「ザ・バンドっていうのはなんなんでしょうね。たしかにうまいとかそういったことはわかるんですけどもね、非常に変わっているなぁって私は思うんです。そんなにしびれた記憶が俺はあんまりないんだよねぇ。ザバンド。ミュージック・フロム・ビッグ・ピンクとかあれを聴いてショックを受けましたって奴がよくいるんだけど、ほんとにあれ聴いたわかったかというのが時々あるんだよねぇ。

ゾンビーズ / 二人のシーズン
The Zombies / Time Of The Season

・熱海のホテルにいくと10円玉いれて一曲洋楽がかかるジュークボックスがおもちゃだった。そこで聴いてビックリした。
・1969年。ジュークボックスで病み付きになった。
・コードとかハーモニーがかっこいい。

ロネッツ / ビーマイベイビー
The Ronettes / Be My Baby

・ロニースペクターはフィルスペクターの奥さんが真ん中で歌っている。
このボーカリストのせつなさは神様がくれたもの。我々ににプレゼントしてくれたもの。
・いっぱい楽器がはいっている。ブラスも入っているし、カスタネットもピアノなんかも何台かはいっているのでしょうか。
・ウォールオブサウンドにのっかってこのせつないこと。
・つい最近DVDをみてぼろ泣きした。

9月17日ラジオ【宮城ライブレポート】

rock on 再生中

宮城ライブについての感想。宮城ライブレポート。

■感想

・はじめて経験するような生涯心に残るような。大げさじゃなく。そんなライブになった。

■会場のグランディ21について

・音楽の神様がいるんだと信じ切っていた。
・グランディ21で育てられたという想いがある。

■1曲目の青葉城恋唄について

・8月の段階で選曲を始めていった。
・若手スタッフの田中くんとカラオケでの選曲をはじめた。
・最初はだいたいミュージックマンからスタートして5,6曲。
・次にちょっとメリークリスマスインサマーみたいなかつてのポップなものにはいってうちとけよう。
・それから月、明日晴れるかなとか深遠な深い世界に入る。
・そういった流れをつくっていくなかで一曲目はなんだろうと悩んだ。
・最後は意地でもLet’s try ageinをやるぞと。
・本編最後はLet’s try ageinじゃなくちゃおかしいのだと。いままでのみんなの苦労スタッフの苦労やチームアミューズの事等トータルで考えても。
・民謡を歌おうと思った。いくつかの場面で。実際大漁唄い込みをうたった。
・田中くんがもってきたCDの中に、東北にまつわる歌特集みたいなのがあった。
・さとう宗幸の青葉城恋唄をボニージャックスという人達が歌っていて、聞いてみたら、なにこれは?とおもった。
・デビューの頃、テレビなんかに一緒にでてた。この曲はよく存じていた。今このタイミングで歌詞の内容がドーンときた。これだとおもった。自分の家でカラオケを歌いながら選曲している時に涙がとまらなくなった。
青葉城恋唄を自分の涙とともに選曲した。

■ハダカDE音頭について

・テロップを出したがあれは実は失敗。出すつもりはなかった。リハ中にメンバーやスタッフに遠くでを東北でと歌うよといったのをスタッフが動いてくれた。

■ふるさとのハーモニカ

・会場全体が歌い出したが、こうなるだろうなんてリハの時は思ってなかった。

■Let’s try ageinで落っこってくる風船の数

・20,000個。いま現在震災で亡くなられたり、行方不明の数に似てる。

■ライブの公演時間について

・斎藤誠が2時間ぐらいでいいんじゃないですか。といってもらっていた。
・準備の為に歩いて、たまに走った。腰にわっかつけてプールでクロールやった。歌いながらスクワットした。

■Early in the morningについて

不謹慎なジャンルの曲だから今回の宮城ライブでやるか悩んだ。みんな喜んでくれるならやろう。と直感で思ってたとおりにやってよかった。

■メンバーについて

・いつものメンバーがいて今回は中重雄君がいて、自分で煮詰まると斎藤君達に持ちかけると真剣に考えてくれて、音で返してくれたり、こういう信頼できるメンバーがいるというのはありがたい。

■歌の遠心力について

自分の想いを超えて歌が飛んでいくというのを凄く今回感じた。

・身体が自分の意思とは違って動いた。突き動かされるような感じ。
・自分の身体が器化していて、いろんなもの、思いが満ち溢れて人の想いが溢れてきて歌ってすごいなと思ったのが、自分の言葉、私自身の言葉が、私自身のの心の奥底の想いみたいなものを歌が越えていく。それが勝手に歌のやろうが僕が発した歌、言霊、歌霊がお客さんとつながっていくのを客観的にみちゃって、感じちゃって凄いなとおもった。

■オンエア曲
明日へのマーチ
Let’s try agein
希望の轍
古の風吹く杜

9月10日ラジオ【ライブについて語る】

テーマ【あなたにとってライブとは】
録音。放送日は宮城ライブ初日。

■サザン初期のライブ【Further on up the Road】について

「俺23歳くらいかなこれうん。そうこの頃ねFurther on up the Roadってあれですよ、当時クラプトンがカバーしてたブルースの曲のタイトルをねそのままロードってお尻についてるから、そのまま使っただけで、安直だなぁ。うーん、最初のサザンのツアーは春50番っていうんですよね、それはたしかだれか、うちのマネージャーかなんかが考えたんですよ、あのなんかそのキャンディーズを彷彿とさせるでしょ。うちの当時の社長がキャンディーズのマネージャーやってたから、もうわけわかんないんですよ、どっからなにをもってくるとか。俺なんかライブとかツアーにタイトルがあるのを知らない時ですから、マネージャーが考えたの。このFurther on up the Roadは俺が考えたから、ちょっとあれでしょ、なんかいまいちよくわからないでしょ。」

■私にとってライブとはセックスと同じです。という投稿に対して

「僕も同感ですね。終わると虚しい感じもするもんね、なんかね。なんかあの情事ね、秘め事そのもののね生々しさが時間が経つと薄らいできて、なんか段々不安になってくるような気にさえなるっていうのは、儚さという、切なさというね。あたしね、こういっちゃうとあれなんですけどね、ライブってのはね、思いだしてみると、あぁあれがほんとに楽しかったなぁというような記憶があんまないんですよ。あのライブはもう今思っただけでもう楽しいなぁ、笑顔がこぼれちゃうなぁっていうのがほとんどないですね。それくらいパッケージとしてのライブっていうのがね、なんだろ自分で記憶にとどめるのが怖いんですかね。だからその儚いもんだって自分で思っちゃってるんでしょうねぇ、えぇ。終わってしまったライブそのものについて語るにたらないというか、そういう風におもっちゃてるんだねぇ。俺もちょっと不幸なとこがあるなぁ。」

■忘れられないライブについて(リスナーが95年のシンディー・ローパーのライブについて投稿)

「でもいいですよね、外タレ、シンディ・ローパー。なまじ言葉が通じないもどかしさみたいのあるじゃん。僕なんか、もちろん経験ありますけど、日本人オーディエンスと外国人アーティストの間になにかこぉー、えもしれぬような愛と感動が芽生えるようなね、絆が繋がりが芽生えるってありますよね。僕もね76年。武道館で見たバッド・カンパニー。バッド・カンパニーって元フリーのポール・ロジャースって人がいて、今でも凄いんです、この人は。バッド・カンパニーのステージみてね、なにか涙が止まらなかった、その思い出、二階席の端っこから見てたんですけどね。なんか感動しちゃってね、そういう音楽じゃないんですよ、バッド・カンパニーってハードロックなんですけどね。だけど、なんだろポール・ロジャースのひととなりを見たような、エネルギーやモチベーションを垣間見たようなね、それからほら、その頃の俺自身とかさ、なんか夢があったり不安があったりとか、そういったものが一気に心の底からね、つき上げてくるような、なんか(うわうわ泣くマネ)って思っちゃったことがある。うーん。」

■本当は怖い愛とロマンス

・この曲は宮城ライブでやりま・・・

■春50番コンサートの宮城県民会館であまりにも時間がおしたせいか、途中で幕が降りてしまい、幕の前に出てきてメンバーがアカペラでいとしのエリーを歌ったハプニングについて投稿

「憶えてる。あったよこれ、あれは宮城だったのこれ?もう全然俺それがわからなかったんだけど、あれ宮城だったんですか。宮城県民会館ねぇ、うーん。大体あの頃六時半ぐらいに始まってコンサートね、9時に大体終われっていわれるんだよね。9時2,3分過ぎても我慢するけど、それ以降は知らないよ、電源落とすよっていわれたんだよよく。それはしょうがない、会館の人だってうちかえるわけですからね。で79年でしょ。いとしのエリーだから。あの頃まぁねぇ、なんだか忙しかったねサザンもね。売れてたね。売れてると忙しいからまた、なんかいろんな思い出に残るハプニングっていうのがあるんだよね。あなたもあそこにいたの、ねぇ、すごいなぁ、ありがとね。」

■ボブ・マーリーについて

「ボブ・マーリーを嫌いな人ってこれ、まずいないんじゃない?んなぁことぁないだろうけど、うーん。ボブ・マーリー嫌いなやつはいないだろ、ね、テルさんねぇ。うた、あの歌。歌唱力があって、曲はねヒットチューン。もう曲はいい。よく見るとボブ・マーリーってハンサムなんだ、あれ。ねぇ。ハーフ?うんハーフあそう。俺は残念ながらハーフじゃないんだよねぇ。残念だよねぇ。ハーフいいね。ね、バンドがまたねウェイラーズ。ウェイラーズまたすごいうまいの。あれ場数踏んでるんでしょうけどね。俺ほんとに煮詰まったときはねぇボブ・マーリー聴くの。ボブ・マーリー垂れ流しか、あのローリン・ヒルもう聴いてますよ。もうほんと煮詰まるとね、エリック・クラプトンとかね、なんか自分の、私のその人生こぉーほんとファンでね、オーバーラップさせて、ファンになって一緒にクラプトーンって言ってきたような人の音楽聴くとつらくなるの。なんだかわかんないから。ボブ・マーリーも好きだけど。ボブ・マーリーのなにかその魂に響くものね、うーん。」

■ひとり紅白について

「ありがとう。そう。そういってもらうと僕は凄い嬉しいな。ひとり紅白ね、昭和83年度とかいうやつでアクトアゲインストエイズでやったやつなんですけどね、3年前かな。あのね私が唯一自分のDVDでね、自分で見ようかな家でって思えるのがあのひとり紅白なんですよ。ごめんなさいね、せっかくファンの方でいろんなDVDとかね、買ってくれた方に申し訳ないけど。本人っていうのはね、意外と見るのが嫌なんですよ。うーん。自分で出た番組とかも最近絶対見ないの。恐ろしくて。いろんなアラがみえちゃったりね。うん。こんなつもりじゃねーんだよみたいなことをね。脂汗かいちゃう。でもひとり紅白は見るの俺。一番好きなライブです。なにが一番楽しいライブかっていうとね、うん、この方がいうとおり、自分のDNAを誇れるライブっていうのかな、仕事としても、これをおいて他ないですね。ほんと五本の指に33年デビューしてきてね、五本の指に入る仕事ですね。うん。楽しいからね、自分自身も。ほんとお客さんとなんか喜びを共有できてるっていうか、だからまさにもうセックスしてるっていってもいい。お客さんと音楽とね。それからあのとにかくあのDVDは私の人生のトップだと思ってますね。うーん。なんか日本人なんですよ。幸せなんですよね。

■【はらばん】原由子19年ぶりのソロライブについて

「あれもよかった。あれはよかったねぇ。やっぱあのぉ、原坊がんばったしねぇ。19年ぶりって、もっと細かくやれよお前っていいたくなるんだけど、メンバーも斉藤誠くんとか片山敦夫くんとか素晴らしいメンバーで。みんなカバーしてバックアップしてくれて、原さんをねぇ。たった一日しかないっていうのは、なんともったない仕事だ。私怒ったねぇ。なんだよ一日ってのは。ほんとに。鎌倉のね、大船っていうのかな。元松竹撮影所がありました、ねっテルさんもね。そこにある会場。あれ雰囲気凄くいいところですもんねアレ。私もあの会場でやりたいな近いうちに。あれが7月4日だっていうんです。去年の7月4日。で、あたし病気が発覚したのが7月12日なんですけど、えーと先日ね、鎌倉のお好み焼き屋に行きましたらね、いきつけの。あの私が生涯、最後に飲んだ二階堂っていう焼酎のボトルキープが置いてあってね。それが7月6日って書いてあったんですよ。7月7日から俺あの発覚に至る人間ドッグのために、人間ドッグのために酒やめるって事自体のが一番いけないでしょうけど。酒やめてますからね。二階堂。7月6日桑田様って書いてある。思わず写メとっちゃいまいた。えーまたやらしてあげてください。原さんに。お願いします。」

■夢人島ライブについて

「あれホント楽しかったよねぇ。2006年か。5年前。(福山雅冶の時の音声アクシデントについて)ね、可哀想にね。なんか途中うん。音が切れちゃった。まぁあーいう事があるから面白いんだよね、フェスはね。うん。福山は俺が電源引っこ抜いたとおもってるんだよ。いまだに。冗談じゃないよ。お前w。しかもね、おれホントに、リハの時にね、あのマイクでね「福山ぁー俺途中で電源切るぞ」とかいったのよ。」そしたらホントに落ちたのよ。そしたら、俺が横で立ってる俺のことを睨んだ睨んだ。うん。「ちがう、ちがう、ちがう。」と一生懸命首ふってたんだけどねぇ、あいつはあの瞬間、殺してやろうとおもったろオレのこと。ビギンってのは素晴らしいバンドだなってあのとき思った。私あの時、加山船長から多くのことを学びましたねぇ。一緒にリハーサルさせてもらってね。選曲とかアレンジとか僕にまかせてやらせていただいたけど、選曲は全部シングル盤。加山さんの。それだけでもありがたいけど、あの方の器はでかいやね。人としてね。アーティストとして。頭いいし、ハートは熱いし優しいし、愛が凄いしね。ちょっと女の子好きねw。リズムはいいし、うた。あの発声の仕方僕勉強させてもらった、あの人のそばに一週間いて。あのなんかこぉー、フランク・シナトラというか、あの人の発声はホントに人外っぽくて素敵でしたよ。ねぇ。一番よくなかったのはトリのサザンです。サザンだって自負してますアレ。長くやりすぎ。自分でやってて嫌になっちゃったもん。だから空気読まなすぎなんだよね。人のことやってて自分のこと忘れちゃうんだよねぇ。ほんとにどうしようもないです。」

■ハダカDE音頭

■山下達郎のライブを見に行って最前列のお客がオペラグラスでみていた事をやりにくいと注意したことに関連して

ライブってのはなにか予期せぬ事が起きる。お客にとってもね、アーティストにとってもね。それが見れたりするから最高なんだよね。

■宮城ライブについて

「ねぇー、メッセージみたいなことは特にないんですよ。ほんと普段通りの事やるだけなんですが、なにか俺もねぇ、正直言って最近、半年たったでしょ、でねぇ、なんか震災当初のような、なんかこぉー、なんですか、被災地に対してとか、被災された方々に対してお役にたてるべくね、なにか自分としてこぉー、うーん、一体できることはなんなんだろうかと悩むようなみたいな意識が、なんだかちょっとここへきて、薄らいできたような気が僕はするんですよ、自分はね。具体的にどういう行動をとろうかみたいなねという意識というか精神がね、うーん。だからこそ、そういうのを風化させちゃいけないわけでね。自分がよ。うーん。だからそういったことをなんか確認する為にも、自分でそういう意味で、今、仙台ライブできるのはよかったなぁというか、うん。ホント大事でよかったことだなぁと思ってますよ。」

■アコースティックライブ in 石垣島について

・あんなライブをやらせていただいて感謝以外にない、ほんとに幸せななこと、音楽活動をさせていただいた。

■古賀紅太の奈良ライブでのハプニングについて

「あーまた、水撒いちゃったのよ。小さな縦長のハコで。ライブハウスん中で。あれ2002年ですよね。コカ・コーラからきたんです。命名がイージーですね。古賀紅太って。メンバーが小倉博和君でしょ、それから金原千恵子さん、琢磨仁さんベース弾いて、それと俺だっけなぁ。ライブハウスまわりしたんですよぉ。九州の佐賀とか色々行きまして。奈良の古いライブハウスで天井が低くてさぁ、天井が低いもんだから、最後コップでやるのめんどくさくなって、バケツもってこさせて、もう天井に向かって撒いてたら、天井に色々線はってんだね。うーん。照明とかいっぱいつってあるじゃないですか。それでもうライブ中、まぁ漏電ですよ。んで、懐中電灯と拡声器で歌った(いとしのエリー)ってのは私も生まれて初めてです。私も。うん。でも思い出に残ってますね。あそこのスタッフのみなさんにはほんとご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございませんでした。」

■Let’s try again

■宮城ライブ一曲目のコード

・B♭っていっただけじゃ絶対あたんないと思う。
・ライブみた人いっちゃだめよ。twitterとかだめよそういうの。2ちゃんねるとかよくわかんないけど。

■渚園について

「初日はねぇ、今だから言いますけど、私、二日酔いだったんですよ。歌ってておぉ気持ちわりぃとか思いながら、炎天下の中歌ってたんですけどねぇ、初日の、バカですね。初日の朝までねぇ、スタッフと部屋で飲んでたの。うん。若かったんですね。まぁ仕事の話かなんかしてたんでしょうけど。もう夜が明けてましたけど。その日コンサートですよ。二日間連続で。バカです。愚かで、今思うと、お客さんに対してこれほど、誠実じゃないアーティストはいないですよね。うん。酒なんかいくら飲んでも平気だいくらいという若さもあったんですけど、もうしません。できません。ごめんなさい。」

■今までで一番心の底から凄いと思ったライブについて

「コンサートってのはさぁ、道すがらもいいですもんねぇアノ、生き帰りっての。僕なんかもよく学生時代、武道館行きましたけども、外タレ見に。誰といったとか、そういうねぇ、帰りどこで何食ったとか、そういうアクセスがねぇ、あの会場に行くためのアクセスがどうだとかね、うーん。そのひとつひとつがいいんですよね、ライブの周辺がねぇ。なんか、とにかくその日の出来事とか、なんか天気とか、人生模様をやたら憶えてるもんねぇ。俺ねぇ、今までで一番見て、ほんとに心の底から凄いと思ったライブねぇ、テルさんあのねぇ、前もいったかもしれないけど、あのバブル真っ只中ですよ、バブル。うん多分。90年くらいだと思うんですが、青山スパイラルホールってまだありますでしょ。あそこで見たネビルブラザーズ。みた?テルさんみてない?あっそうですか、ちがう場所で見たテルさんは。あのネビルブラザーズというバンドは、僕あんなファンキーなグループだと思わなかったんですよ。ところがもうリトルフィートより凄いくらいね、リトルフィートより凄いは別にいいんですけど。狭い空間でね、あまりにも感動したんです。うまくてかっこよくて、ええ、んで狭い空間ってのもよかったんですけど、ぎゅうぎゅう詰めでね。楽屋まで会いに行っちゃって、あまりに興奮したんで。えぇ、せまぁーい楽屋にみんなメンバー、ネビルが6人ぐらい集まってるんですけどね、うーん。それでまぁ、冬だったかな、外に出るとみんな興奮しててね、ひさしぶりに会う友達なんかが、おうクワタなんてつってねぇ、やっぱりきてたんだぁなんつってさぁ、ちょっと南部の泥臭いグループですよ。うーん。ほんであのボガンボスってグループがいたんです。80年代に、日本のねロックで、その亡くなったどんとくんというのがね、僕の隣ですごいのってましたニコニコしながら、うーん。いいひとでね。うん。」

■さのさのさについて

「何年だっけ、94年か。僕もねぇ、ほんと忘れられないパッケージですねぇ。このさのさのさってのは。おふくろが死んだんですねぇ、僕の。んでねぇ、94年ねぇ、その時に月という曲が出来た。であの孤独の太陽というアルバムが出来た。でなんか、いろんな時代背景もあるんですけど、私も37,8でねぇ、立派な中年ですけど、なんか充実していたんだなぁ。なにかこぉ、怖いものなかったんだなぁあんまりなぁ。今みたいにパソコンとか携帯も、もちろんないでしょう、んでねぇ、パソコン、携帯関係ないけど、あのヨイトマケの唄ってのを美輪明宏さんが歌ってね、ヨイトマケの唄を取り上げたんですよ。たしか。曲数もなかったから、オリジナルが。まだ。うーん。んでまぁ、とにかくなんていうかなぁモラトリアムといいますか、こぉ精神的には、なんか充実してたけど、ぽっかり心に穴が開いているような、燃えてるような、なんかでもちょっとさびしいようなね、おふくろが亡くなったってのもあるけど、でもほんと人生の中でねぇ重要な位置づけにくるライブだと思います。

■夢のライブについて

「よくほら、いろんなミュージシャンとかがさぁ、狭いライブハウスみたいな空間でやりたいっていうじゃないですか、よく。その気持ちがよく僕も最近わかってねぇ。なんか自分もこぉ、自分の好きな歌だけをね、10人ぐらいのお客さんを前にしてね、普段と同じこうしているテンションでね、なんかテンションとか間合いでね、やるってのは夢でもあるんですけどね。なんかそういうのはすごく矛盾をはらんでるんだけどね。うーん。矛盾があるんです。そこには。お金はいただけないし、えぇ、うーん。プロではなくなってしまうわけなんですけどもね。うーん。でもそういうのちょっとやってみたいなっていう夢はありますけども。

■明日へマーチ

■古の風吹く杜

「意外な事を言ってウケようと思うわけじゃないんですけどもぉ、あの本質的にはねぇあのライブをやることそのものは、あんまり得意じゃないと思ってるのね。なんか向いてないとおもってんの。ほんとに。うーん。まぁそれは、どなたもいろんなお仕事されるかた、いろんな葛藤が裏ではあるとおもうんですけどねぇ、だけどなんか33年間ねぇやってきて、まがりなりにも。なんか僕なりにお客さんをなんかくすぐるのはちょっと好きなんですよ。お客さんのなんかをくすぐるのがねぇ。うーん。まぁとにかくあの楽しい事やって、自分の夢が叶ってねぇ、こういう仕事やってんだから、俺は幸せで悩み事なんかないよぉーって、どっかでいったことあるけどねぇ、それはちょっと無理しててねぇ、まぁそれは誰でもそうでしょうけどもね。まぁおかげさまで幸せの上にあぐらをかかせてやらせていただいておりますけども。」

9月3日ラジオ【宮城ライブについて語る】

rock on

録音しているのは民主党代表がきまっていない日

■近況

・だんだんこうリハーサルしてますけど、エンジンかかってきた。
・ついこないだまで、やっぱやめればよかったかなぁなんてクヨクヨしていた。
・いいだしちゃったけどいまならやめれるかもしれないとか。

■ライブの選曲・構成などへの質問に対して

「悩まないわけないがないでしょう。ねぇ。これだっていろんな方にみていただくんだし、お金も頂戴するし、義捐金にも回すし、なんといっても東北の僕らがグランディ21といっていたあの会場で久々に使わせていたたくね、これほんと歴史の残るライブかもしれないしね。こころしてセットリストも考えてますよ。」

■MUSICMAN中心セットリストかどうかというへの質問に対して

「em id=”r”>あなたがもしよ俺の立場だったら、この宮城ライブのセットリストをどうやって組む?組むとしたら、えぇ!?MUSICMAN中心に組む?もうね、それはわかんない、人によるし、どんな組み方したって別にいいわけですよ。まぁ俺はやっぱりね今回ね、できたらやっぱり皆さんに楽しんでもらえるというようなね、できるだけ、宮城の方、福島の方、岩手の方、青森の方、茨城の方、まぁなんか久しぶりだし、それからおれも病後ひさしぶりの一年半ぶりのライブだしなんかわかりやすくね、たのしんでのっていただけるライブになるように考えたんですけどね。あと一週間後だよ」

■DVD化してくださいとのお願いに対して

「だからまだやってもないのに、どうして記録することを考えるのかなぁ。」といいつつも。
・DVD化については山内さんがおいおいがライブ終了後検討するようです。
・10月1日にWOWOWノンクスランブルで放送される。
・東北の方を対象としたパブリックビューイングをやる。

■Let’s try again

・リハーサルには入っている。
・今回いつものメンバーでやりたかった
・メンバーもスタッフもなんにもいわなくてもいろいろトライ&エラーを繰り返してくれてして、いいステージをつくってくれてる。
・僕は自分がこんなにたのしんじゃっていいのかなとおもうくらいのポジションにおいてもらってわくわくしている。

■宮城ライブのサポートメンバー

ギター:斎藤誠 中シゲヲ
キーボード:片山敦夫 深町栄
ベース:角田俊介
ドラム:河村”カースケ”智康
サックス:吉田治
トランペット:菅坂雅彦
バイオリン:グレート栄田嘉彦 ※今回金原さんは福山さんのツアーに参加
コーラス:清水美恵 安奈陽子 
シンセサイザー&プログラミング 角谷仁宣カワチョー

■一曲目のヒント

・まだきまっているようなきまってるようなとこがある
・コードB♭。

■宮城ライブについて

「まぁやっぱり東日本大震災でね、犠牲になられた方、尊い命が奪われましたけども、いまだにまだつらい環境の中、大きな不安の中でね、生活されているかたも大勢いてね、これとさぁ同じ規模の地震とか災害がいつくるのか、まさに今日やってくるかもしれないみたいな、そういったこともね、私達はさぁ、この大きな痛手とか悲しみの中でやっぱり学んでね、なんか実践していかなくちゃいけないじゃないすか、二度と同じようなね人災を含めた災害を、なんでしょうこうむってはいけないというか、とにかくあの日のことを忘れてはいけないんですよね、お互いにみなさんも私も、メンバーもスタッフもお客さまもみんな心の中におきつつですよ。この2日間ですけども。えー全国からきていただけるかた、東北のみならずね、楽しんでいただきたいし、あの復興支援という言葉、俺あんまりライブに限って言うとあんまりふさわしい意味合いの言葉に思えないんだけど。復興支援ライブってよく書いてあるんだけどなんかちょっとしっくりこないんだけどね。われわれもお客様も地元のかたも一緒になってね明日からがんばろうという気持ちになればいいしさ。とにかく我々はこれから一生懸命に生きる。多少ハメはずすこともあるけどきっと、ほんと申し訳ない。大事な命を守る。そんな誓いをね、祈りを込めて一週間後やらせていただきたいと思います。」

■東北の民謡を歌う

・プロとして仕事しててセットリストという言葉は使わない。曲順。
「僕もね、なんかないかなぁと、民謡だろうが、東北にまつわるね、みちのくの歌はないのかなぁと思ってスタッフの田中くんに色々集めていただいたりしてねぇ。いいいもんですねぇ、東北の民謡は。うん。なんかねぇ渋いというか、なんというか魂にこぉズーンと深いとこにくるんですよね。まぁさわりだけやるとおもいますけど。ちょっと東北にちなんだ歌をうたわせていただきます。下手ですけど許してください。」

■ハダカDE音頭

「選曲は一生懸命やりましたけど、この曲をどこに置くかでほんとーに悩みました。何度か山内くんにこの曲やめようか。したら山内くんがいやぁー、いやぁー、やっぱり新曲だし、お客さん聴きたがってるんじゃないですか。そういわれてあっーっとおもって、この曲さえなければ、んなぁこといっちゃいけない。」

「まぁあのぉーこの宮城ライブがなんとなく産声をあげたのは、小林克也さんが電話をくれたからなんですけどね。桑田くんなんかさぁギターいっちょもって歌ってくればいいんだよという、いいヒントをくれたなぁと克也さんには感謝してますけど、それが一週間後にいよいよ大きく実現されてねありがたい限りですけどね。」

ハダカDE音頭の置き所がとにかく一番苦労した。こんなに浮く曲ないんだもん。だってどこに置いても浮くんだもん。前後の曲が台無しになるんですよ。もうねぇ、びっくりしましたこの曲には。

「AKBについてはまだ名前をつかったとかということは、猪木さんにもきっと言ってないでしょうね。やりっぱなしなんでしょうね。まぁいいか、なんにもいってこないから。AKBというのは最近私もね・・・この人だれだっけ、僕大島さん。篠田、写真が目の前にあるんですけどね。板野ちゃんも可愛いよね。なんかちょっとね。唇が。犯したい。みんな犯したいけどね。前田あっちゃん。最近のアイドルの子はみんな水着になっちゃって凄いね。少女時代でもさぁあれ韓流だけどさぁ、KARAでもさぁ、顔似てるけど。似たっていいじゃない。でもね水着になってもいいさぁ、バラエティに対応できるし、可愛いしね。僕一番すきなのは明日香キララ、あと松本コンチータ一番好き。そんなAKBいねぇよ。」

■EARLY IN THE MORNING~旅立ちの朝~

■病気の話

「一人じゃなんにもできないしね。復帰するに関しても。あたりまえなんだけど。いままではなんとかなるとおもってた。病気する前は。考え方がかわった。音楽を作りつつ、歌をうたいつつ、今まで以上になんかやりたい。」

■明日へのマーチ

■古の風吹く杜

「あの会場がさ、僕らやっぱり音楽の聖地だというふうに思ってるんでね。あの場所は。音楽の神様がいてくれるとずぅーとおもってた会場なんでね。またあらためて使えるようにしていただけて、最初に今回やらせてもらえるのは非常に光栄に感じている。」