月別アーカイブ: 2012年4月

4月28日ラジオ【続・長尺ナンバー特集】

棚からほんのひとつかみ【続・長尺ナンバースペシャル】

【生放送】

■近況

「ちょっと身体鍛え直さなくちゃいけないなぁ、ほんとねぇ、最近レコーディング続いてましてだらぁーとしてますからねぇ。」

・田中マネージャーと芝居を見てきた。
・井上ひさしさんの生誕77周年「闇に咲く花」初演が87年。本当に素晴らしい芝居でした。役者さんもすばらしかった。

Roundabout / Yes

■Twitterについて

「俺、Twitterとかやったことないんですよ。そのブログとか、あとなんだっけ、フェイスブック。フェイスブックはよく図書館で借りる。そんなこといっちゃいけない。でもおもしろいね、こうやってね、生で画面にね」
「見たりしてるよ。自分でやらないだけ。」

■急逝した馬場育三さんについて

「馬場くんがねぇ、こう三つ編みにしてなかったっけ。そうドラゴンアッシュ、2005年野外のあの渋谷さんの茨城のフェスに出させてもらったときねぇ、リハーサルのとき、ずぅーとね、誰もいないそのあの広ーい、あの会場でね、ドラゴンアッシュのメンバーが見ててくれてねぇ、ちょっと緊張してたんだけど、ロックフェスでるのって。だけどドラゴンアッシュのメンバーが、リハーサルの最中よ。お客さんがいないだだっぴろーい、所でね飛び跳ねてくれたり、応援してくれてたのそれで、すごーくなにか気持ちをもらってね。そういうことがありました。あと2006年だっけ、夢人島フェスってやったじゃない、あれに馬場くん出てくれて、ねぇ、ホントに素晴らしいヤツでした。心からご冥福をお祈りいたします。」

You Keep Me Hanging On / Vanilla Fudge

・イントロデ当時のテープの逆回転とかやってるんですよ。
「これシュープリームスの曲でしょ?なんかそっちでぼくなんか、テレビっ子だったからなんか記憶があるんですけどね。バニラ・ファッジを知ったのはもしかしたらあの、ベッグ・ボガート&アピスっていうね、あのバンドを、古い話なんですけど、それを知ってからバニラ・ファッジを知ったかな。アメリカの桑名正博といわれているカーマイン・アピスが歌っています。」

■洋楽の歌詞を憶えるときは耳から憶えるか歌詞を見るかとの質問

「耳から聴いてもやっぱわかんないからねぇ、うん。やっぱどうしても歌詞を見るようにしますよ。この番組でも特集やりましたけど、歌詞をみて目からうろこってありますからねぇ、えぇ。、まったく歌詞をみないとどうにもこうにもなりません。」

Shadows And Light / Joni Mitchell

・ライブ
・これ後ろでバックでね、アカペラやってるのねぇ、ザ・パースエイジョンズっていうボーカルグループらしいけど。

■平井堅のデモテープについて

・先週、来週かけるよっていったんだけど。一応平井くんに確認したら、ちょっと確認させてくれってことで、彼もプロですからね。20歳の時のズブの素人の時のアレをただ聴かせるのもあれだから、今度平井くんに来てもらって一緒に聴きましょう。

Stairway To Heaven / Led Zeppelin

・8分1秒
長尺おもしろいや。とにかくパクリ企画なんですけど、。棚からひとつかみってのは。山下達郎先生の。で、パクってるうちに、俺、貧乏性で欲張りだから、曲をいっぱいもってきちゃうクセがあってね。とりあえず一時間の生放送でいっぱいかけるんだって意地になってる。それであの自分の好きな曲が途中で絞られてしまったときの悔しさが忘れられなくて、テルさん長尺いこうよっていう風にまたわがまま言い出したのがこの企画であります。

この曲をねぇ、3,4年前かな、キャバクラのようなとこに行って、カラオケで歌ったことがあるんですけど。女の子達がみんなどん引きしたね。なんでだろ、みんなポカーンとしてたね。

昔よく俺、この曲、ひとりで夜聴きながら、エア・ギター、今でいうね。エア・ギター、エア・ヴォーカルやってたなぁ。ひとりで。うーん。パトカーきたもんなぁ。

■生歌

夜へ急ぐ人 / ちあきなおみ

・エレキギターでの弾き語りで歌う
ちあきなおみってほんとーにいいね。いまさらだけど、みなさんそうおもってるでしょうけど。

4月21日ラジオ【長尺ナンバー特集】

桑田佳祐厳選・棚から”ほんの”ひとつかみの長尺曲をフルコーラスでO.A.

【生放送】
・桑田さんが曲の間奏中にTwitterみてるよと何度もからむ。

■近況
「僕はレコーディングしてるんだよね。いつも毎週毎週、一年中それをいってますけども。」

ウルワシマホロバ~美しき場所~ / 原由子

ディキシー・チキン / リトル・フィート
Dixie Chiken / Little Feat

・ウェイティング・フォー・コロンブスというライブアルバムより
このバンドがなかったらサザンはなかった。
・8分54秒
・ラジカセで聞いている(曲が流れている時は)
・「ローウェル・ジョージ、僕大好きなスライドギターで一生懸命真似したんだけど、全然できなくて、アマチュアの頃なんにもわかってなくてねぇ、あのー、リトルフィートの、このローウェル・ジョージがオープンチューニングでやってるっていうのは知らなかったんですよねぇ、で、一生懸命レギュラーチューニングで、こう何々のコンプレッサーかけてとかいうのを聞いてやったんだけど、まぁ、いずれにしてもカッコにならなかったんだけど、オープンチューニングだって聞いたの最近なんだよねぇオレねぇ、駄目だよねぇ、ホントねぇ。」
1973年中野サンプラザに見に行って本当に音楽のコンサート見て涙が出るとは思わなかった。

2012年ラジオO.A. | YouTube動画再生リスト

孤独の叫び / グランド・ファンク・レイルロード
Inside Looking Out / Grand Funk Railroad

・9分33秒
学生時代に、19歳ぐらいの時にあのぉー、パシフィック・ホテルでね、茅ヶ崎でね、あのプールサイドにステージがあって、そこでバンドやっててね。インサイド・ルッキング・アウト歌ってたなぁ。何曲、一日、何ステージやったかなぁ。恋もしてたなぁ。あの頃一番楽しかったなぁ。人生が楽しいなんてことありますか?なんか。最近考えてみたんだよ。何してる時が楽しいのかなって思うと、意外と人生ないよねぇ?楽しいことって、ねぇ?ウキウキするなぁってことが。意外にないってことに気付いたんだよねぇ。」

■長尺やろうとおもった理由

「前の先日の”棚つか”でやったレオン・ラッセル聴いててね、あの自分で選曲したんだけど、バングラディッシュのコンサート聴いて、なんかこう久しぶりに番組で聴いてたら燃えてきてねぇ。でいろんな曲かけなくちゃいけないから、絞られちゃったわけよ。自分で選曲してんだけどさぁ。んでなんか虚しくてねぇ、なんか。せつなくて、なんかねぇ。なんか涙が出てきたようなねぇ、怒りに変わったりしてねぇ、で、フルにかけたいと思ったんですよねぇ。なんか申し訳ない気がしたの。レオン・ラッセルに対して。」

■平井堅のレア音源について

「あっこないださぁ、アレですよ。昨日か、平井堅がねぇ、20年前にオレんちにねぇ、投げ込んだ手紙とカセットテープが、家を整理してたら出てきたのよ。手紙も。カセットテープも聴いたら20年前の平井堅がねぇ、あの来週かけるよ。レア音源。

平井堅の手紙とね、20年前の彼ハタチん時。ほんで来週曲かけよう。あいつがオレに送ってきた曲が、歌うまいんですよ、やっぱねぇ。えぇ、プロコル・ハルム歌ってるんですけど。ほんで手紙も泣かせるんですよ。えぇ、横浜に住んでる20歳の学生ですけどね、サザンのメンバーに入りたいっていうんです。うん。でもあまりにもそれは無謀なので、まぁ来週読むからいいけど、バックコーラスだったら絶対やらせてくださいって。見つけたよ平井。けんぼう。絶対バックコーラスやるなオマエ。やるな?。そんなかんじでね。

クリムゾンキングの宮殿 / クリムゾン・キング
The Court Of The Crimson King / King Crimson

・9分25秒
・「実は昔の渋谷陽一のね、番組に憧れてたんだよね。こういうのホントはやりたかったんだよ。ホントは。」

オール・バイ・マイ・セルフ / エリック・カルメン
All By Myself / Eric Carmen

・この人元ラズベリーズの人なんですけども。

「東野圭吾さんの本、買って読んだよ。ナミヤ雑貨店。東野圭吾さんの本、私の事が、サザンの事が、ちょっと書いてくれて。とある番組でちょっとお約束したんです。まだお会いしたことないけども。こんな素敵で嬉しい話ってありますか?テルさん。まだ僕全部読み終わってないんだけど、すごーくおもしろいよ。泣けるよ。」

今だからこそ【TSUNAMI】の真相に迫る

上杉隆さんがラジオでTSUNAMIについてコメントしてくれた事に対して桑田さんがラジオで反応した事が話題になりました。桑田さんの作品の中でもTSUNAMIが物凄く売れた事で有名で、一般的な知名度が高い曲なだけに、東日本大震災による津波の記憶が生々しく残っている中、その一連のやりとりに対して相当な反応がネットでみられました。

タイトルがTSUNAMIというだけで、面白おかしく揚げ足をとられるような記事でネットが埋め尽くされると残念です。

表現する側の桑田さんが東日本大震災以後、TSUNAMIをラジオで流すとか、生歌で歌う事を控えた気持ちというのは3月10日ラジオ【仙台Date fmから生放送】のコメントを読めばよーくわかります。

この機会にTSUNAMIが発売された2000年時点で、桑田さんがどのような思いでTSUNAMIをというタイトルをつけ、曲を製作したのかということに迫り、作品がどのような背景や状況で作られたのかという基礎知識をまとめてみようと思います。音楽は頭や机の前で学ぶものではないでしょうし、解釈は自由だと思いますが曲への理解を深めることで感じるものも変わるかもしれません。

TSUNAMIというタイトルの真意

「サーフィンのビデオで『TSUNAMI CALLING』ってあるんですね。日本人が作ったやつで2~3本出てるんすよ。それがこういう表記なんです。TSUNAMIっていうのはもう英語にもなってるらしいんですけど、そういうちょっとにじんだ感じ。津波っていうのは被害をもたらす部分もあるんですけど、サーファーは世界中にとんでもないデカい波を求めていく。ともすれば命を落とすわけじゃないですか。それに行くロマンチズムっていうのは僕にはいまだにわからないんですけど。BIGWAVEじゃなくてTSUNAMIなんですよね。BIG WAVEっていうと、もうちょっと優雅な響きじゃないですか。それをTSUNAMIって表記したことでね、これは逆にとんでもない情緒感っていうのはすごいかなぁと。そういうことで、″津波のような侘しさ″っていうのがなんとなくいつぞよからか思い浮かんだんです。僕はサーフィンは小さな波でしかやらないんですけどね。大きい波は怖いからw」ぴあ 2000年1.24

TSUNAMIは″津波のような侘しさ″という津波をあえて侘しさと表現した歌詞や曲が先にできていてタイトルを考えていく中でその津波を英語表記のTSUNAMIにしたというのが流れだった。ただ、タイトルについては当時ディレクターだった松元さんが制作段階の仮アイデアのような感じで用意してあったTSUNAMIが使われたということをなにかで読んだが、それを裏付けるように12年4月7日のラジオで桑田さんがTSUNAMIのタイトルについて語っている。

タイトルの決め方(4月17日ラジオ【桑田佳祐ソロ・ワークス音楽講座PART1】)

「まぁあの思い付きでつける場合もありますよ。タイトルなんかね。他の人はどうなんでしょうね。タイトルから考えるっていうこともありますかね。えぇ。以外とオレ、タイトルとかストックとかあるよ。タイトルだけ書いてあるの。ジャズなんかってなんで歌詞がないのにタイトルがあるんだろうってちょっと不思議に思いますけどねぇ。あのーでもホント大げさにいうとねぇ、あのタイトルで曲の良しあしって結構決まるよね。いい曲ってタイトルもいいもんね。えぇ、映画なんかもそうですけど。うーん。まぁあの思い付かない場合必死に考えるんですけどねぇ、無理やり考えたタイトルはやっぱよくないねぇ、なんかねぇ、なにとは言わないけど。えっー。TSUNAMIとかね、今回のアルバムのさっきも言いましたI LOVE YOUとかね、うちのディレクター達がデザイナー達がねぇ、デザイン上オレに見せる為に仮に書いてもってきたんだよね。んで、それを超えるいいものがないんで、そのまま採用になっちゃったってこともよくあるんですけどねぇ。

TSUNAMIはなぜ売れたか

桑田さん「たまたま。たまたまでしょう。」The Music Creator Aug.2000 vol.1 インタビューアー:能地祐子

他のインタビューでも桑田さんはTSUNAMIが売れたのはラッキーパンチだといっている。作り手側・表現する側が売れる・優れた曲だと思っていても、受けて側・ファンは必ずしもそれは一致ないことの方が多いような気がするし、作り手と受け手の想いが一致することほど幸せなことはないと思う。桑田さんがサザンでベスト5に入るという楽曲をたまに発言するが、その楽曲がサザンファンの人気投票で上位にくるかというとそうではないように(キラーストリート収録にされているFRIENDSとか)。それはおそらくエンターテイメント性とアーティスト性を両立することが矛盾していて難しいことによる。言い換えれば芸人と芸術家の表現のやり方は相反する所があるともいえる。お客さんが望んでいるもの・望んでいることを提供するのと(エンターテインメント性)、自らの表現欲ややりたい事、自ら止めることのできない湧き出てくるアイデアをそのまま提供すること(アーティスト性)を両立させるのは困難だし、両立したらそれは偉大なミュージシャンの仲間入りである。多くのミュージシャンでそれを長期間持続することは稀にあるが困難である。短期間なら例はいくらでもあるだろうが、桑田さんの場合はその稀なケースであると思っている。

TSUNAMIへの思い

「自分の人生から『TSUNAMI』だけを切り取ることはできなくてさ、だから、ひとことでは説明できないよね。たとえばここ3年間とかのさ、人生の喜びとか、ストレスとか、傷ついたこととか、恨みだとか、ジェラシーとか・・・、そういうものが全部あって『TSUNAMI』が出てきたと思うんだけど。ただね、あの曲を作っている時はオレ、諦めないでいようとは思ってましたよね。」The Music Creator Aug.2000 vol.1 インタビューアー:能地祐子

「もちろんセールスという部分も、欲しいと思っていたしね。サザンオールスターズという“分かりやすさ”とかもね。何も難しくすることはない、分かりやすくしようという。そういう気持ちを、終わらせずにいたかっただんよね。ただおかげさまでね、セールスがここまでスゴいことになるとは思っていなかったんだけどw」The Music Creator Aug.2000 vol.1 インタビューアー:能地祐子

その前のシングル『イエローマン』」がなきゃ、あの曲は出てこなかったわけだし。その前の前のシングルもあって、やらしい話だけど、オリコンの○位に初登場して、すぐ下がっちゃったという痛みがなければ、『TSUNAMI』の曲のアイディアは出てこなかったかもしれない。もちろん、チャートだけの話ではないんだけどね。その、前の曲『イエローマン』に至るまでには、自分なりに、確固たる理屈があるんですよね。で、自分が絶対イイと思っていたものが、チャートからポロポロおっこっていくとなんで???って思うんですよ。誰が悪いの?オレか?いや、宣伝か?とかさwいろいろ考えるんだけど、結局、自分のやるべき事は、もうちょっとキチンとやんなきゃいけないなって思えてくるわけですよ。で、しばらくすると、ぐっとニュートラルな気持ちになって、次のシングルを作ろうとしたりしてね。たまたまインターネットを見ていたら、ファンの子が『こういう曲を作って欲しい』とか書いてて、それを酔っ払ったときに見ると『んっ!?いいよッ』なんて画面に向かって答えてしまう・・・わけですよw『いいよ。』っつったってさ、そうは簡単にはできないんだけどさ。そういう小さな要素が飛沫のように絡み合ってって、ここ何年かがあって、運よく『TSUNAMI』になったんだと思うんですけどね。」The Music Creator Aug.2000 vol.1 インタビューアー:能地祐子

「この何年かね。もっと言ってしまえばこの″TSUNAMI″は、変化球投げようとして、球がすっぽ抜けたのかもしれないwそれでど真ん中入っちゃったのかもしれないし、まぁそれは言い過ぎかもしれないけど。」
ーじゃあTSUNAMIっていうのは「この野郎、打て、これで!」っていう球ではなかったんだ、桑田君的には。
「うん、僕自身がもしかしたらー読み過ぎていたのかもしんないですね、TSUNAMI以前はね。今っぽいことをやろうとして、新しいことをやろうとして、自分だけでコケてたのかもしんないですね。だからスタッフも『もうちょっと普通にやればいいじゃん』みたいなこをと言いたくても言えなかったんじゃないかと思うんですよね。ただその、自分の中での直球、外角ストレート、ドカーン、『打ってみろ!』っていうのは、ねぇ?だけどそれ投げて見送られるっていうようなことがもしあったらっていうのも。気持ちの整理がつかないまま投げた球ですよねTSUNAMIっていうのはね。もうだから読み切れないんですよ。」SIGHT VOL.4 SUMMER 2000 インタビューアー:渋谷陽一

YoungLove以後・TSUNAMI以前

アルバム『Young Love』以後・『TSUNAMI』以前の数年はセールス的には落ち込んだようだ。YoungLove以後・TSUNAMI以前に発表されたシングルは以下の通りである。

1997年8月    01MESSENGER~電子狂の詩~ / SEA SIDE WOMAN BLUES

1997年11月 BLUE HEAVEN / 世界の屋根を撃つ雨のリズム

1998年2月  LOVE AFFAIR~秘密のデート / 私の世紀末カルテ

1998年7月   PARADICE / CRY 哀 CRY

1999年3月 イエローマン~星の王子様~ / 夏の日のドラマ

この時期のシングル作品はアルバム『さくら』を見据えてレコーディングし発表された。さくらというアルバムの実態は歌詞はリアルで、海・夏・太陽といったような脈拍の上がったようなトーンではなく、常温・平熱に近いようなトーンの楽曲達が多い。また当時のインタビューでもシングルは冒険したとの発言もあり、サザンの定番感を感じる曲は少ない。この時期は他の歌手からしたら十分売れていたであろうが、サザンにしてはセールスが落ち込んだ。

当時アルバム『さくら』が発表されてからすぐにライブツアーには出なかった。『さくら』発表とほぼ同時期にサザンのベストアルバム『海のYeah!!』が発表されサザン20周年イベントが盛り上がり、『渚園』で夏の野外での王道ライブも行われた。ベストアルバム『海のYeah!!』はバカ売れし、渚園で盛り上がったその体温を平熱に戻す期間をあえてとって次への準備期間を十分とるかのようにオリジナルアルバム『さくら』を引っさげたライブツアーは翌年春に持ちこされた。そのツアーが始まる頃に合わせて制作された『イエローマン』が発表された。しかしながらセールスはさえずにオリコン10位でランクインしたあとチャートはズルズルと下がった。そのイエローマンを核として1999年春にまわったライブツアー『Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)~素敵な春の逢瀬~』はサザンではあまり見られない壮大な見せ方や微に入り際にわたりこだわるような構成のライブだった。そのライブツアーの直後に東京ドームでの数万人規模のライブとは対照的な1.000人程度のライブハウス・新宿歌舞伎町リキッドルームにてサザンのメンバー6人のみでライブをした。そこではシンプルなOH!クラウディア等の古い曲で盛りあがった。それについて桑田さんは自分が作った曲を人がいっしょに合唱してくれるものって最高に贅沢だったとインタビューで語っている。その直後に製作され始めたのがTSUNAMIである。それ以前の曲づくり等を反省した苦悩があったからこそ、軌道修正して生まれたのがTSUNAMIである。

TSUNAMIの曲作り

TSUNAMI』はメガヒットを狙って作った曲じゃない。自分にとっても曲が大きいか小さいかというのはあるけれど、新曲を作る際に、今言ったようにちょっとセクシーな人間関係が欲しかったんです。1999年9月に新宿リキッドルームでライブをやりまして、けっこうこれが気持ちよかったんです。お客さんを目の前にして、みんな自分たちがやっている曲をホントに楽しんでくれてるというこれほどわかりやすい光景は僕にとってはこの上なくて、音楽というのはやっぱりこういうもんだ、機械でもなければ何かのアジテーションでもない。そういう気持ちがあって、レコーディングに入ったんです。で僕にとってはビートルズの『アビーロード』の中に入っている曲みたいなものを作りたかった。エンジニアとのコミュニケーションでも、『じゃあギターどいういう音にしようか?』と問われると『ビートルズのアビーロードでコーラスかかっている感じのレスポールの音にしよう』みたいなことでやっていった。弦は島健さんがアレンジを担当してくれたけれど、『やっぱりジョージ・マーティンが書いている弦がいい』とか、そういうビートルズの文脈で話していったんですよ。欲しいものはわかりやすい言葉で伝えあった方がいい。僕にとっては『アビーロード』みたいなギターの音というのは一番伝わりやすかったし、エンジニアの林憲一君にはそれが一番わかりやすかったと思うんです。得てしてパーソナルの趣味に帰ったというわけです。」SWITCH MARCH 2001 Vol.19 No.2 インタビューアー新井敏記

「本当のことをいうと『TSUNAMI』はビートルズにしたかったんだよね。ビートルズの『ABBEY ROAD』のようなものにしたかった。だから島健さんというジャズピアニストに弦のアレンジをお願いしたけれど、その時もビートルズの4人が歩いている『ABBEY ROAD』のジャケットを見せて『ジョージ・マーティンのこの時の弦にしてほしい』と言った。彼はすぐわかったと答えた。こういうことを言うとファンの人は幻滅するかもしれないけど。」SWITCH MARCH 2001 Vol.19 No.2 インタビューアー新井敏記

重箱の隅をつつくようなことよりも、弘のドラムの生音一発であったりとかを大事にしたとの発言もしているが、音楽評論家の中山康樹さんもその著書でこうTSUNAMIをこう評価している。「ヒロシのロックなドラミング、そのヒロシを中心にしたサザンの演奏はこの時代にしては珍しくハードかつ切っ先鋭いロックそのもの、クワタの歌も声質といい雰囲気といい、甘さを殺したものとなっている。」クワタを聴け! 中山康樹 集英社新書

東京Walker 2000年11月の『この青い空、みどり』時のインタビューでTSUNAMIについての話
インタビュアー佐伯朗

「メロディはそんなに。詞は苦労しましたよね。ただ別に大ヒットを狙っていませんでしたから、僕自身も。」
-自分の聖域のローエンドからハイエンドまで使い切るっていう意図は
「全然そんなことは思ってないですよ。うん。なんだろう、ただ・・なんだろうな、ひとつ”静けさ”はありましたけどね。雑念はもういいやって。それこそ愛する人のために曲を作ろうって。業界のためにとか、どっかでつつかれても困らないように、保険をおいておくとかね。そいうのを考えずにね。
-詞もラブソングにする、ある面では彼女のために歌うってものにしようという感じだったんですか?
「ま、やりながらそうなっていきましたけど。やっぱりブライアン・ウィルソンじゃないけど”駄目な僕”をテーマにしていこうかなって。僕っていう言葉が好きだったんですよね。いわゆるビーチボーイズに見られる、音楽タイトルに見られる、僕って表記。あれにいきたかった。懐かしかったんです。情けない感じとか、丸腰な感じっていうんですかね。ここで虚勢を張ってもしょうがないっていうんですかね。ここで虚勢を張ってもしょうがないって。虚勢を排除する、アレンジも曲も詞も。だからわりとクールだったんですよ。照準が見えていたんですよね。あとはわかりやすい言葉でいくっていう。」

昔ラジオで聞いた記憶ではあるが、歌の最後のフレーズ「思い出はいつの日も雨」の雨はAwayと歌っていたことを憶えている。最近では詞が先にあって、曲をつけるという作業をここ数年チャレンジすることもあったようだが、基本的には桑田さんはメロディに仮歌(英語)をつけて曲を作るというのが多いようである。

TSUNAMIは曲の出だしがノーイントロだったり、曲の雰囲気がせつなかったり、未来日記というテレビの企画とマッチしたり、サザンの演奏や桑田さんの歌がよかったりというように曲の良さもあってか、たまたま世の中でメガヒットした。あれから約10年後、日本で東日本大震災がおきた。すべてを飲みこむ津波の威力、自然の力に言葉を失った。生々しい記憶が残るこのの状況ではTSUNAMI=津波という連想は仕方がないと思うが、この歌自体をあらためて聴きなおすと、いまこそかけるべきなんじゃないかという上杉隆さんの言葉もよくわかった。それはこの曲が歌詞だけを見るとラブソングなのだが、曲とあわせて聴いてみると、哀しみを乗り越えられるような、せつなさと向き合えるような魔法がかかっているからだと思っている。

サザンとして桑田さんがTSUNAMIを歌う日は来るのか

桑田さんも世の中の状況等をみながらラジオでかけたり、生歌で歌うことはあるかもしれないが、そもそもサザンオールスターズは活動休止中である。しかも桑田さんはソロ活動中であって今年も年末までライブツアーが決定しており、残念ながらサザンオールスターズとしてのTSUNAMIを桑田さんが歌う日という日は当分の間はこない。それまでは現時点において桑田さんがサザンとして活動休止を宣言したことを受けて行われたライブであり、雨が降る中TSUNAMIを熱唱した真夏の大感謝祭の映像を引っ張りだして見ようと思う。

4月14日ラジオ【意外な歌詞の洋楽特集】

録音
近況

「私、今レコーディングとかいろいろちょろちょろやっているんですけどもね。」
「その中にに入れるがための曲をレコーディングしたり、今しております。えぇ、地味な人生です。相変わらずですね。」

100万年の幸せ!! / 桑田佳祐

YouTubeチャンネル – 2012ラジオO.A.リスト | Dandy&Manpy

アルバート・ハモンド / カリフォルニアの青い空
Albert Hammond / It Never Rains In Southern California

訳詩
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西行きボーイング747に搭乗した
なーんにも考えずに
あそこにはチャンスがわんさかあるって話
テレビでブレイクして映画にまで出たりって話
ほんとーに真実味があったけどねぇ

南カリフォルニアでは雨が降らない
以前そんな話を聞いた気がするんだ

南カリフォルニアには雨が降らないってね
ほんと、でも、注意しなくちゃね
降ったら降ったで土砂降りだよ
そうなんだよ 土砂降りなんだよ

仕事にあぶれ
気が変になり
自尊心もなくなって食いっぱぐれ
愛され度ゼロ
満腹度ゼロ
お家に帰りたい

南カリフォルニアには雨が降らない
でも、ねぇ君、注意しときなよ
降ったら降ったで土砂降りなんだ
そう土砂降りの雨が降るんだよ

故郷のパパとママには言っておいてくれないか
僕はもうちょっとで成功するってことをね
両親には言わないでおいてくれないか
本当の僕はどんな様子だったかって

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「懐かしいですよ。私の世代ではね。」
「邦題に騙されるってことはホントにあるもんだねぇ。カリフォルニアの青い空っていうから、どこまでさわやかかって思ったら、なんともせつない恨みつらみのいじけ節でございましてねぇ。」

オリビア・ニュートン-ジョン / フィジカル
Olivia Newton-John / Physical

訳詩
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あなたが期待していることはもうお見通しなの
キスをすればもうあなたは私の手のひらの中よ
いいたいことわかってるクセに
いきつけのレストランにいってその後意味ありげな映画を見に行けば
言葉なんかもういらないでしょ

体でお互いの気持ちを表しましょ
体だけで表現したいの
体と体からませて
あなたも体で答えてほしいのあそこで

我慢してたのよ私
いい子ぶってた
そう、そんなのうんざりなのいい子ぶるのなんて
何をいいたいかわかってるでしょ
心は通じあってるはず
ねぇ、感じてよ私のワイルドな野性を

さぁお体で気持ちを表しましょ
体同士でね、ねぇ体くっつけて
燃えて燃えてあなたと私で
体でからみあいましょう

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「もう80年代って感じでございまして、清純派のオリビアも禁断の世界へ踏み込んだんですけどもねぇ、まぁ、あの頃なんか肉体を鍛えようとか、なんですかありましたよねぇ、バブル前っていいますか、肩パッドのはいったなんかねぇ、着て、実際よりも自分をこう、誇張しようというか大きくみせようという風潮がありましたけど。」

YouTubeチャンネル – 2012ラジオO.A.リスト | Dandy&Manpy

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル / 雨をみたかい
Creedence Clearwater Revival / Have You Ever Seen The Rain

訳詩
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ずっと昔誰かが教えてくれたんだよねぇ
嵐の前には静寂が訪れるって
知ってるよ、ここしばらくはそんな兆しがずっと続いているからねぇ

で、その静寂が終わると
空は晴れてくるのになぜか雨が降ってくる
日差しが水のように降ってくるんだよ

教えてくんないか
君はそんな雨をみたことがあるかい?
君はそんな雨をみたことがあるかい?
晴れた日に降る雨なんてねぇ

昨日もそのずっと前も太陽は冷たく
激しい雨が降り続いていた
俺の人生はいつもそうだったんだよ

そんなことが永遠に続いてく
輪を描くように速くなったり遅くなったりしながら
知ってるよ、それを止めることもできないんだ

教えてくれないか
君はそんな雨をみたことがあるかい?
君はそんな雨をみたことがあるかい?
晴れた日に降る雨を

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「僕の友達の宮路くんという人に言わせると、小学校の同級生で今でも自分でカフェなんか茅ヶ崎でやってますが、ザ・バンド、ザ・ビーチ・ボーイズ、それからこのクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルはアメリカの3大バンドだと宮路くんは言っています。」
「俺もそう聞いたことある。なんかナパーム弾だって。ベトナム戦争についてのことなんでしょうかねぇ。」

ザ・ビートルズ / マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー
The Beatles / Maxwell’s Silver Hammer

訳詩
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変わりもののジョーンは施設で空想科学の研究をしているんです
夜更けまで一人で試験管とにらめっこ

医学生のマックスウェル・エジソンが彼女に電話をかけました
映画を見に行かないかい?ジョーン

でも彼女が出かける支度をしていると
ドアをノックする音が聴こえるんです

コンコン
マックスウェルの銀のハンマーが彼女の脳天に振り下ろされました

コンコン
マックスウェルの銀の槌が彼女の息の根を確実に止めてしまいました

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「ポールはね、よくやるのがホラ、架空の人の名前をこう使って物語のある曲を作りますけどね。この曲子供の頃好きでね。毎日聴いていたんですけどねぇ。いやこれなんていうの猟奇的な歌だとは全然知らなかったですね。このマックスウェルさんの銀のトンカチがさぁ罪もない人の頭の上から振り下ろされたってのが3番繰り返されてるんでしょコレ。」

ジャニス・イアン / 17才の頃
Janis Ian / At Seventeen

訳詩
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17歳の頃私は事実を知りました
美人コンテストの女王達
可愛い笑顔の女学生
みーんな早く結婚して落ち着こうとしている
いいねぇ

そんな人達の所へ愛は訪れるのだと
恋人の優しさをしらない私は
楽しいはずの金曜日の夜も
ただ気が重いだけ

美人じゃない私は
家に閉じこもってしまうしかないの
そして一人芝居を始めるの
恋人からの電話を想定して
ダンスにいかないかい?なーんて
一人でつぶやいてみるの

おさがりばかりをきた茶髪の女の子がいた
正確な名前は思い出せませんけど
その子がいいました
誰かになにかをしてあげればその分お返しがあるものよって

お金持ちのお嬢さん達が望むものは
大きな会社と安定した老後

そんなゲームにかけた人は知らぬ間に
愛に見放されるはず
家柄ばかりを気にして
真心をうしなってしまう
とても楽しいはずの17歳
無駄ににすごしている私を
街の人たちはなんていうのかしら

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「こういう意味の歌だってあの当時知らなかったなぁ、なんかさわやかな歌だと思ったんだけどねぇ、結構コンプレックスを歌ってるんですよねぇ。結局なんかアレじゃないのみたいな、そのブサイクな私はモテないじゃない、キレイな子ばっかりいい思いしてみたいな歌なんですよね。ある意味不滅のテーマなのかもしれませんけど。ジャニス・イアン好きだったなぁ。

ブームタウン・ラッツ / 哀愁のマンデイ
The Boomtown Rats / I Don’t Like Mondays

「これはなかなかヘビーですよね。これは実話にもとづいてますからねぇ」
訳詩
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彼女の頭の中のシリコンチップがオーバーロードした
誰も今日は学校に行こうとしていない
彼女のせいでみんな家から出てこれないんだ

お父さんは理解できない
親からみれば娘はとってもいい子だったはずなんだ
それに理由さえわからない

だけどね
理由なんてものはないんだから
わかるはずもないよ誰も

どんな理由が示される必要があるのかい?
その理由って一体なんなんだい?
彼女いわく
「私月曜日って嫌いなの。」
その日はまるごと銃で撃ちたかったのよ

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「哀愁のマンデイっていうね邦題もなかなか素敵ですよね。昔は邦題良かったなぁ。これすごいねぇでもねぇ、1979年でございまして。なんかありましたよねぇ、日本でもこういう時代が家庭崩壊だの、学校のガラス窓を割っちゃうとかいうホラ、尾崎豊の歌なんかでもありましたよね、学校崩壊とかね、30年ぐらい前かね、これ実際にあった79年16歳の少女銃の乱射事件を歌にした歌。」

ホイットニー・ヒューストン / すべてをあなたに
Whitney Houston / Saving All my Love For You

訳詩
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人目を盗むほんの一瞬しか私達は一緒にいられない
あなたには家族がいて
あなたを必要としてるじゃない

何度もあきらめようとして
あなたの腕の中にいるのはこれが最後だと思ったりしたけど
でももう他の人なんかありえないの
だからあなたのためにすべての愛はとっておくわ

楽しくない
ひとりぼっちのくらしなんて
友達がいい聞かせようとする
独占できる男を見つければいいのよあの人じゃなくて
でもそうしようとするたびに私は泣き崩れてしまう
他の誰かを探すより
家で寂しくしてるほうがまだマシよ
あなたために
だから私あなたのためにはすべての愛はとっておくわ

かけおちしようっていってくれたわよねぇ
恋をすると自由になりたい気になるって
辛抱しよう、もうちょっとあなたを待っていようと
でもあれはただの夢物語だったのね

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「これ不倫の事をテーマにした、最近あんま不倫って言わなくなってない?そんなことないか。この間テレビみてたらさぁ、日本のヒット曲をさぁ、外人が歌うのよ各国の。これめちゃくちゃうまいんですよね、まぁ考えてみたら当たり前なんだよね。最近の日本の歌っていうのは、大体そのこれ言い方はこれ誤解あるかもしれないんだけど、外国の曲をモチーフにした曲がほとんど多いんだよね。だから本家であるその外国の方がですね、歌うと、コブクロの歌だとか、なんだとか、うーん凄いことになるんですよね、うまいんですよね。そんな話を急に思い出しただけなんですけどね。すごい歌唱力ですね、このホイットニー・ヒューストンね。惜しくも命を落とされましたけどもね。最高のシンガー。」

ザ・ローリング・ストーンズ / トゥー・マッチ・ブラッド
The Rolling Stones / Too Much Blood

訳詩
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踊りたい
歌いたい
すべてを炸裂させてやりたい
女とやりてェ

色んな場所から聞こえてくる血まみれの悲鳴が
血まみれだ
最高だぜぇ
あんたテレビで映画なんか見ている場合じゃないよ
俺がもっと楽しい事教えてやるよ

俺の友達のニッポン人の話を聴いてくれねぇか
奴にはパリに恋人がいたんだよ
現地の恋人が

奴は彼女と6ヶ月間もデートして
部屋に連れ込んだ
そして彼女はいいよって同意しちまった
あとは知ってる通りだよ

奴は彼女を部屋に案内すると
彼女の喉を切り裂き
そして彼女の死体を冷蔵庫に入れたんだ
やがて彼女の骨をブローニュの森に運んだ時
偶然通りかかったタクシーの運転手が
奴が土の中に埋めているのに気づいたって話さ

信じられないって?
事実は小説より奇なりさ
いまじゃオレたちは毎日そこをドライブしてるんだよ

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「みなさん憶えてますか?1981年かぁ。オレなんかはっきり憶えてるけどね。佐川という日本人ね、パリに留学しててね、そこでオランダ人の女性留学生と付き合ってて殺害してその遺体と性交渉の末、バラバラにして写真にとって、まだある。いくつかの彼女の肉を食べたと。大騒ぎになりましたけど。この猟奇的な事件をミック・ジャガーが歌にしたと、非常にショックだった。ジャケットなんですけどねぇ、すごいんですけど。シングルのジャケットがまぁ、ミック・ジャガーの驚愕の表情で、あたかもホラー映画の一場面のように恐ろしいというかね。」

ポインター・シスターズ / スロー・ハンド
Pointer Sisters / Slow Hand

訳詩
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月夜の真夜中
けだるくゆらめく茂みをすり抜けて
あなたが(ずるっと)滑り込んできた時
私はあなたの目をみたの
私のあそこを覗き込んでいるあなたの目を
あなたがみたいものを(ヌルヌルのものを)みているところを(びしょびしょの所を)

お願いあなた、言葉には出さないで
わかるのよあなたの体が私の体にしたいこと、言いたいことは

速い動きは嫌なの
私は時間をかけて
私のその溝の部分に
時間をかけて
その溝の部分をやさしくしてほしいの
私の気持ちわかるでしょ

ゆっくりゆっくり責める指がほしいの
わかりやすいさわり方の人がほしいの
時間をかけてゆっくりとやってくれる人がほしいの
はげしいだけのせっかちは嫌よ
ゆっくり
もっとゆっくり

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「意味深というか、こうポップスにはそれまでのポップスにはあるまじきというかね、そういう歌詞いっぱいあるんですね。ビートルズのア・ハード・デイズ・ナイトにはいっているYou Can’t Do Thatなんかもね、男が男性に対して他の男と会っている所をみたらぶん殴るぞっていう歌なんですよね。凄いですよね。まぁ日本でも結構なんでしょう、放送禁止といわれたような歌は随分ありましたけれどねぇ。今は少しなんかね、ちょっと緩んでいるような感じですけども。なんか社会的なタブーについて歌ったりとか、社会的タブーについてとうか、その歌の背景はなんかちょっとね、そんなちょっと薄暗い部分があったりとかするような歌が日本にもたくさんありますけども。」

ギルバート・オサリバン / アローン・アゲイン
Gilbert O’Sullivan / Alone Again

訳詩
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今もし僕がこんな辛さになれなくて
もっとひどい落ち込み方をしていたら
僕はあの塔に登って身を投げていたかもしれない

一人ボロボロになった時
必死にだれかれかまわず聞いて周るんだ
教会で懺悔もした
心の迷いを消すためにね

そろそろ帰ったほうがいいかもなぁ
今まで通り一人で帰ろう
あーぁまた一人かぁ
いつもと変わりばえしない人生だよなぁ

昨日まではやる気もいっぱあって
頭も冴えてて
派手なぐらい陽気に過ごしていたんだよオレ
まるで映画の配役もらったかのような日々
人生でその配役が周ってきたら
嫌がる人なんていないだろ

だけど現実が現れて
オレの目の前に現実が
ズタズタにオレを切り裂いたんだよ
神様ぁ、なんでオレを見放すんだよ
これがさだめってやつかい
また一人ぼっちだ

親父が死んで大泣きした時の事を思い出す
溢れる涙を隠そうなんて少しも思わずただただ泣いた
そうして母がこの世から去った時
一日中泣いて泣いて泣き続けた
あぁ僕もまた一人だ
いつものようにまた一人だよ
ごく自然に

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「いやー、これホントすごい曲ですよねぇ。メロディも凄いけど。」

YouTubeチャンネル – 2012ラジオO.A.リスト | Dandy&Manpy

ノラ・ジョーンズ / ドント・ノー・ホワイ
Norah Jones / Don’t Know Why

「これ普通に読んでると気付かないかもしれないけど、ある言葉に注目してださい。」
訳詩
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夜明けをじっとまっていたの
どうしてイカなかったんだろう
ケンカしてあなたを置いてきちゃった
どうしてイカなかったんだろう
どうしてイケなかったんだろう

夜が明けた時
飛んで行ったらいいのにと思った
砂の上に手をついて
こぼれる涙をすくいながら
心をワインで満たしても
あなたのことをいつまでも忘れはしない

果てしない海のかなたで
喜びに溺れることもできたはずなのに
今の私は孤独な道をいき
朽ち果てるようなさだめをかんじている

誰があなたを逃がさなきゃならなかったの?
どうしてあの晩イカなかったんだろう
太鼓のようにからっぽになった私
どうしてイケなかったんだろう
どうして
どうして

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「私はI didn’t comeっていってますよね。日本人はイクっていいますけどね。えぇ。コレ死生観から来てるみたいですね。まぁcomeをイクというかクルというか知りませんけども、日本人はイクッイクッイクだもんねぇ。向こうはcomeだからねぇ。

4月7日ラジオ【ソロ・ワークス音楽講座PART2】

17周年記念及び18周年突入おめでとうございます。

【生放送】

新アルバムについて
『I LOVE YOU』ってタイトルはうちのスタッフがなんか適当に考えたの。なんかジャケットをデザインする時ね、いいじゃんI LOVE YOUっていいじゃないコレっていってまぁ、『そういわずに色々桑田さんも自分考えてくださいよぉ。』つって、俺も色々考えたんですけど、中々それを上回る強いのがでてこなくてねぇ、now&foreverだけ考えてきたんですけどね。

「ボーナストラックとかありますよ今回。あんまいっちゃいけないの?ユーミンに土下座した。もうホント。それいっちゃいけないの?(スタッフ苦笑)これまずい?コレほんとまずいの?いっちゃいけない。」

100万年の幸せ!! / 桑田佳祐

先週より聴き続けているというリスナーの投稿に対して
「だめだー録音しちゃぁ、だめなんだぁ、中西が怒るぞ。」

「ももこさんてほんときちんとした人だと思うよ、オレ。お会いしたけど、夢に向かってキチっと人生遊んじゃうようなね、うーん素敵な人。」

先日発売された新作・「ナミヤ雑貨店奇蹟」で月光の聖者達をモチーフに小説を書いた東野圭吾さんについて

「去年WOWOWでね、私の特集をやっていただいた時に、すごい素敵な東野さんが長い心のこもったコメントいただいたもんねぇ。で、私も大好きな作家さんですからねぇ、ほととにただただ、ミスタームーンライトを自分の小説にちょっとモチーフにいれてくれたと、恐縮するような感激です。」

レコーディングのクセ(歌入れする時にヘッドホンに手をあてる)

「あれはかっこ悪いね、オレもテレビで見て、あぁって思う。なんか手もぞもぞ、もぞもぞしてねぇ、うん。あーしないと俺レコーディングでねぇ、なんか歌えないのよ、長年のクセで、音程とれないんです。クセなんです。あれね。なんかあと、コードのとこぐちゃぐちゃにしちゃうの。」

ソロ作品でお気に入りのプロモーションビデオについて

「僕もみんなそれぞれ思い入れがあってねぇ、スタッフがみんな一生懸命作ってくれたもんですからねぇ、僕なんかほんと。波乗りジョニーなんかも最後にファンの人たちがさぁ、大勢でてくれて、協力してもらってね、横浜のワイルドブルーだ。あそこもうないけどさ、エキストラで出てくれてね。ダーリンの時の夏目ナナちゃんとかさぁ、あとあの小池栄子ちゃん、小池栄子もよかったねぇ。今度の高橋恵子さん、我々の世代ではね、関根恵子さんという風にお呼びしていたというか、関根恵子さんだった時代から私ファンですから、幸せのラストダンスに出ていただいてね、まだ出来上がってないんですけど、個人的にはわたくしホントにこれが楽しみなPVでね。関根恵子さんつったんですよ昔は、今、高橋恵子さん。高橋伴明さんと結婚されたからねぇ。おさな妻、高校生ブルース。いいねぇ。」

ハダカDE音頭の歌詞(木場ジョーイのジョイ)について

「ハダカdeネイキッドね、この曲でしょ、うるさいなぁもう、あの騎乗位とも言うんじゃないですか。我々の時って騎馬上位っていいません?騎馬戦の騎馬。音楽講座だからそんなこと言わなくてもいいんですけどね。私は大好きです騎馬上位が。正常位より好きです。何言わせんだ、ね、音楽講座だからやめませしょうよ。こういう歌作るから山下達郎さんに怒られる。あんた何、真夏の果実歌った後にマンピーなんて歌ってるんだ。」

曽我淳一さんについて

「曽我ちゃんね、曽我淳一くんは素晴らしい。ハラボーのあれかな、最初はな、うーん。それこそあれじゃないウルワシマホロバかな、曽我さんと初めてやらせていただいて、素晴らしい。キーボーディストでありながら、マニピュレーターもやるんですよ、コンピュータープログラマーっての。自分で鍵盤弾きながら、だからどんどんコンピューターに打ち込んでいっちゃうという。もー作業早いですよ。私が色々オーダーしたこととか、自分で判断したこともとにかく仕事が丁寧だけど早い。まだ若くて30代前半かな、ね、非常にポップな感覚、ポップなセンス持ってて、私とまたちがう感じのね、曽我ちゃん素晴らしい。ちょっとハリセンボンに似てる。太った方に。末永くわたしお付き合いしてもらいたい人です。あの人ね。ちびまる子ちゃんもそうですね。曽我君です。Let’s try aagainのアミューズバージョン、クワタバージョンとか、ウルワシマホロバとか、彼です。優秀なミュージシャン、キーボーディスト。」

CAFE BLEU / 桑田佳祐

CDとライブで曲のテンポが変わることについて

「いい質問だねぇ。ほんと。だいたいあの、遡るとね話は。あのー作曲してる時のテンポってのはほとんどの曲は遅いね。なんででしょうね。家の中で脈拍とかが足りないんでしょうかね。わかりませんけど。で、スタジオに持っていってみんなでやるとかね、色々楽器、レコーディングしている、みんなで楽器ダビングしているとかね、やってるうちにだんだんこぉー、家とスタジオの環境が違うせいでしょうか、こうー、どんどんテンポ速くなってくんの。ね、速い方がいいという風に思えてくるんだよ。しょうがないの。ライブの場合はまた、これもやってるうちにリハしながら、なんか遅いねコレってことになると、もうちょっとあげようかとかね。随分変わりますよ。うん。ちょっと具体的には曲の名前が出てこないけど。前後の曲のつながりとかもあるしね。前の曲のテンポとの兼ね合いとかね。やっぱりお客さんの前でやると初めてその曲のなんていうんだろう、演奏しやすい、お客がノリやすいっていうか本来のテンポが出てくるんだろうねぇ。だから人前でやって初めて曲って完成するんだなぁて思いますね。希望の轍とか遅いでしょ。今聴くとアレ。テンポ120ぐらいじゃない?これ客に煽られて、僕らも煽ってまた煽られて、やってるうちにテンポ145ぐらいになってるんですけどね。

楽器の編成が壮大な「恋の大泥棒」を製作した流れ

「この編成はね、とにかく最初リズムトラック録るでしょ。これが恋の大泥棒、ミュージックマンに入ってますけどもね、おなじみの島健さんという人にアレンジしていただいたものでしてねぇ、まずリズムトラック録るじゃないですか、あのベース、ギター、ドラム、ピアノ、パーカッションとか、そういう4ピースとか5ピースでね、それをまず録ってから、島健さんをスタジオにお呼びして、こんな感じでってイメージを話してね。007みたいにとかね、くだらない表現しか僕できないですから、弦がここでスゥーときてとかね。ブラスがパッパッパーとか口で言って、それからまたそれを受けて数日たって島健さんが各セクションを譜面に起して書いてきてくれて、でシンセサイザーでえっー各パートを島健さんご自身が弾きながらこぉー重ねていくんですね。まぁこれは要するに本チャン前のシミュレーションというのを行うわけです。そこでまた色々私とまたやりとりがあって、じゃあそれでいきましょう、島健さん本番よろしくお願いしますということになったらエンジニアの中山くん含めね、どういう、じゃあ何人でやろうかとかね、弦は8-6-4-4-2だとか弦何人だ、ブラス何人だとかね言って、また別の日に本物の生きた人間が来てダビングすんの。この曲なんかとにかく編成はすごい多いですよね。」

曲中の歌詞以外の以外の声やシャウトについて

いまのグッバイワルツの場合はね、あの、ちょっと、まぁふざけてたんだよ、最初ね。トム・ウェイツだったらどうやるかなーとかいってね、リハーサルの時ね、オ゛ォーとかいってたんだよ。それをなんか実際歌ってみたの。

「まぁそれぞれ曲によりますけどねぇ、大体このあたり一声いれますよーなんてね、一声いれていい?とかって、エンジニアの中山君にいって、この辺で雄叫んでいいかなーとか言ってね、えっ、何発か録らせてもらってその中から選ぶという事が多いかな。昔の音源聴いて、一番嫌なのはそういうね、昔のCD自分のね、そのおたけびとかね、多すぎちゃうのよ。若いから。一番嫌なのは例えばお願いDJの間奏。サザンの。お願いDJの間奏でウルフマンジャックのよせばいいのに真似してんだオレ。もうオレこれから先一生、自分から聴くようなこともう絶対ないでしょ、あの曲を。俺過呼吸になっちゃうんだもんオレ。あれ聴くと。ほんとよ。血糖値あがっちゃって。」

ウルワシマホロバ~美しき場所~ / 原由子

「ちょうど去年の3月のね、ちょうど震災があった日あたりでしたっけねぇ、その翌日あたりぐらいからなんか曲を作っていたような原さんが。レコーディングを始めたようななんか、翌日っていうか、しばらく経ってからねぇ。えっ、ちょっと重たい雰囲気でやってましたけど。よかったねぇ、この曲がかけれるようになってねぇ。やっとねぇ。レコーディング中断したんだ。そうだ。」

タイトルの決め方

「まぁあの思い付きでつける場合もありますよ。タイトルなんかね。他の人はどうなんでしょうね。タイトルから考えるっていうこともありますかね。えぇ。以外とオレ、タイトルとかストックとかあるよ。タイトルだけ書いてあるの。ジャズなんかってなんで歌詞がないのにタイトルがあるんだろうってちょっと不思議に思いますけどねぇ。あのーでもホント大げさにいうとねぇ、あのタイトルで曲の良しあしって結構決まるよね。いい曲ってタイトルもいいもんね。えぇ、映画なんかもそうですけど。うーん。まぁあの思い付かない場合必死に考えるんですけどねぇ、無理やり考えたタイトルはやっぱよくないねぇ、なんかねぇ、なにとは言わないけど。えっー。TSUNAMIとかね、今回のアルバムのさっきも言いましたI LOVE YOUとかね、うちのディレクター達がデザイナー達がねぇ、デザイン上オレに見せる為に仮に書いてもってきたんだよね。んで、それを超えるいいものがないんで、そのまま採用になっちゃったってこともよくあるんですけどねぇ。」

幸せのラストダンスのPVでカポタストを使用していることについて

「これは幸せのラストダンスのキーがB♭だからね。あのーギター弾く人ならわかるかもしれないけど、いちいちほら、左手の人差し指でこう、なんていうの、バーを作らなくても済むからです。B♭だとかさ、E♭ってめんどくさいじゃん、ギター弾く人ならわかるけど、で、カポタストを1フレットにしとくと、B♭だったら、こう、いつものAをおさえればいい、ローコードのね。E♭ならDとかね。カポタストっていうのはなかなか深いものがあってねぇ、あのー同じキーの曲でもコレをはめることによって、色々はめる位置によって響きが違うからねぇ。なかなか用途が深いんですよ。これ。まぁ幸せのラストダンスの場合はちょっとわかりやすくB♭をAでおさえれるようにしました。」

ソロ活動で発見したこと。

「達観なんかしてないよぉー全然。だめなんだよー、今日も煮詰まってるんだレコーディングで。」

「まぁギターで曲をつくんだけど僕は。で、まぁやっぱその音楽ってのはやっぱりなんていうんだろうなぁ、頭で考えるというよりもその肉感的な肉体的な要素が重要だなぁっていう風に思いますねぇ。なんかこう心地よい歌、自分で歌ってて、肉体的にもなんか喜びを感じるようなものがなんかお客さんにも伝わりやすいなっていう風に30数年やってますと思いますね。あのセックスのと、たとえはおかしいけどさぁ、同じだとおもうですよね、肌が合うなぁみたいな、この歌好きだなぁとかあるのよ自分で。あの自分の歌でいうとそう、『明日晴れるかな』とかすきなの。うん。自分で言ってるのもバカだよねぇ、自分で『明日晴れるかな』好きなのって言ってる。『しゃアない節』とか好きなの。えぇー、『君こそスターだ』とか嫌いなの。なんかまぁそういうのあるんです。たとえばね。めんどくさいなぁとか思うときあんですね。まぁとにかくあれですよ、ソロ活動がやりたいからやってるわけでもないだね、最近。思うだけど、なんかこう楽しい仲間と音楽作って、お客さんが喜んでくれる状況ってのをなんか、いつも求めてるんだなって肉体的にというかね。うんそんな気がするんですけど。」

「ポールのアルバムいいですよね。ジャズのアルバムね。キッス・オン・ザ・ボトム。いいよね。素晴らしいよね。70だよ70。」

偶然に生まれた曲について

「車なんか運転してて、アッってのはありますよ。そりゃねぇ、あるでしょ。だけどね、イエスタディね。有名な歌よね。就寝中に夢の中で浮かぶかねぇ?すごいねぇ、、オレもあるよそりゃ。で、ベッドから飛び起きてねぇ、すぐICレコーダーにね、録音するのよ。『午前3時半』とかいってね。『キーはわからない。』とかいって。でも全然いい曲ができた試しがない。そういう時って。一曲もないもの。ポール・マッカートニーの話は嘘じゃないかと思うんですけどねぇ。夢の中でシンフォニーを書いたんだとか、言うでしょ、あのやろー。いやいやあのかた。ねぇ。布団の中でマスかいたことありますよ。すいません。」

幸せのラストダンス / 桑田佳祐

生歌:明日晴れるかな