月別アーカイブ: 2012年9月

9月22日ラジオ【ゲスト:斎藤誠・片山敦夫】

サンキュー東北!ライブ報告と何でもQ&A! / 録音

初日の感想

斎藤誠「桑田さんが初日は、ずいぶん走ったんで僕ちょっと心配しましたね。」
桑田さん「あーあーあー。」
斎藤誠「ちょっとでていったんですか?あん時。」
桑田さん「ちょっとね。あのえぇ、失敗したっと思った。えぇwwガクっときたし。体力と精神力をやたら必要としますよね。」
斎藤誠「桑田さんすごい。ほんとに。信じられないくらい。」
桑田さん「でもさ、やっぱあの、あれだけのあの、ステージ、ぶっちゃけた話3時間あるわけじゃないですか、それであのーなんだろ、ミュージシャンの出音とかさぁ、スタッフのモニター、こう返してくれる音ですよね、それぞれの音をミックスして聞き分けたり、あと外音だって聴こえてくるわけじゃないですか、その辺のバランスってのがすごくやりやすいから、今のスタッフは。うーん。すごく僕は楽というか、疲れなかったしね。いやーありがたいもんだなと思いましたけどね。」

桑田さん「やっぱり一曲目って決めやすいじゃないですか、やっぱり今回でいえば何を中心にもってくるかとかね、何を1番アピールするポイントかとか、最後に何かひとつ、いつもとは違う落とし所はないかとかその3点ぐらいが、まず考えはじめますけども。それはやってみて、みんなで練習はじめてみないとわかんないですね。うーん。」

ここに注目してほしい所

片山「(小さい声で)やっぱ文学じゃないですかねぇ。」
桑田さん「あっカットだこれwwここはダメっていったじゃん。」
片山さん「ちっちゃい声でいってもダメですか?」
桑田さん「いーよ、いーよw」
片山「(小さい声で)めくるめく展開っていうかね。」
桑田さん「あれは大きいですよね。うーん。これはねぇやっぱり、大化けしましたね、ここのコーナーは、宮城でね。うーん。こうなんていうんですか立体的にあの照明も、CGも、いろんな舞台装置も、ダンサーの人もみーんなこうそれぞれの役割をね、こう頑張ってくれてね、音ももちろんそうですけど、これちょっと早くみてもらいたいですね。
斎藤誠「いや僕らも、僕なんか楽器を演奏してるから全体は見れてないんですよね。だからお客さん達がどういうものをみているのかわからないまま、ゾクゾクしながらやってる感じです。」
桑田さん「あの僕はリハーサルやってる時にいつも外でみさせていただいて、客席に降りて、非常に、いま2日やりましたけども、やっぱり一日目、二日目ってこうビルドアップちゃんとしてますので、えぇ、これはいいですよぉ~。はい。あとこれもいいですよ。これもネタバレ・・・ww100万年の、これもちょっと画期的な、誰も見たことのない。」
斎藤誠「僕ら相当緊張しますけどね、あの曲で。間違えたらエライことになるぞと。」
桑田さん「これはかなりみんなの音楽人生を賭けたwwやり方してますから、大丈夫ですかね。山本拓夫君なんかいいのかしらね。」
片山敦夫「喜んでちゃってますよ。全然大丈夫だと。」
斎藤誠「メンバーによってはそれはお手の物っていう人と、それからがんばってる人といるんですww」
片山敦夫「金原さんなんか、もうすごいですよね。」
桑田さん「金原さんはすごい。」

■幸せのラストダンス / 桑田佳祐

・斉藤誠リクエスト
斎藤誠「もうこの曲一日目やった時に、会場に幸せ感がもうですね、充満してあれがたまんなかったですね。桑田さんの紹介の仕方がまた素晴らしかった。」

「でもさぁ、お客さんの反応って、またこれ不思議でありません?うん、これは受けるだろうと思ってやったことが、ポカーンとされてwだけどほら、ここ感激するだろなぁ、しょんべんちびっちゃうぞコレ、なんとなく歌じゃん、歌なんだみたいな顔してるwwありますよね。それで慌てることがあるんですよねぇ。」

■5年前のツアーと変わった所

斎藤誠「桑田さんやっぱり、前よりもリラックスしてやってる気がします。」
桑田さん「あっほんとに?」
斎藤誠「すごくなんか。」
桑田さん「あーわかる。」
斎藤誠「ホワーンとしてると言い過ぎですけども、楽しい感じで。自由度があるというか」
桑田さん「楽しいのよ、不安がないっていうかね、えぇ、おかげさまでね。あとお客さんとのなんだろもう、長きにわたるあるんでしょうね、信頼関係もあるし、バンドのメンバーとのアレもあるし、うーん、スタッフとのね、なんかだから安心してる所があるかな。みんなのおかげなんですけどね。

斉藤誠「あのーまぁちょっと、まだいえない事がいっぱいあるんですけど、中身で、僕初日で2回ぐらい泣きそうになりましたね。ほんとに。曲名でいうと幸せのラストダンス。まずここで曲の間やばかったです。ゾクゾクして、それで。」
桑田さん「ちょっと素人さんをいじるんですね。」
斉藤誠さん「そういうこともございますね。その会場をみながら、演奏してる時にね。」
桑田さん「とにかく今回長丁場で3時間ありましてですね。」

桑田さん「まぁでもあのぉ、ハプニングっていうかさぁ、お客さんの盛り上がりの凄さっての、これはリハーサルでは絶対体験できないじゃないですか。」
桑田さん「あと手拍子とか声援って、、あれでズレるってことあるじゃない?」
斉藤誠「あれはねぇ、ほんとにもう、心して、こういっちゃ申し訳ないですけど、手拍子を聞いてたら自分がズレると思うんですよ。」
桑田さん「そうなんですよ。」
斉藤誠「手拍子はありがたいけども、あのーそういうアルペジオの曲とかね、やる時は、もうなるべく冷静になろうって僕なんか思っちゃいます。」
桑田さん「でもねぇ、まこっちゃんなんか冷静にやってるよねぇ。」
斉藤誠「申し訳ないと思いますけど、そういう時だけは。」
桑田さん「そうなんだ。2重、3重ぐらいのそのテンポで、手拍子が聞こえてきますんでねぇ、うん。手拍子するなっていうわけにもいかない。」

■東京 / 桑田佳祐

片山さん「桑田さんのギターソロが大好きなんです。」

■佐藤嘉風(さとうよしのり)さんについて

斉藤誠「とにかくみんなに好かれるんです。それであの女子二人がコーラス、安奈さんと竹沢さん、で今回3人のコーラスなんですけども、ちょっと自分より年上の女子にもすごく好かれるタイプです。背丈もあるし、ルックスもなかなかのものですよ。」
「なんかほんと彼は音楽的にも非常にね、なんていうの、CDなんかも出してるしね、インディーズで、いい声してるしね、なんかなんとかなって売れるべきだと思うんですよ。」

曲数は25曲を披露した!?

桑田さん「25じゃないよね。25じゃないんだよ。」
斉藤誠「そんなもんじゃないんですよ。」
片山敦夫「あれがありますからねぇ。」
斉藤誠「あれでしょ。」
桑田さん「あれを一曲と数えてるから25だけど、実際に、いままでのライブの中で一番ヘビーですね。オレ帰りの階段上がれないんだもん。いやいや足にきますよ。それに今回はね、まぁ先ほどもちらっといいましたけど、本編の最後にみんなで余計な踊りがありますからねぇ。ねww。久しぶりにオレねぇ、終わってヨレヨレというかねぇ、でもみんな身体強いねぇ。いやみんな身体強いと思う、特にあの宮城なんか夏だったじゃないですか、会場。」

「僕は今回一番やりたかったのがコレかなっていうか、やれるかどうかね、やっておもしろいか別にしてね、だけどやっぱり最近のこう、我々のライブのある種、スタッフや演者さんいるじゃないですか、ミュージシシャン含めて、ダンサーとか。うん、総動員してみんながね、こう役割をさ、なんかこう粋に感じて、こう大変な作業だけど、やってる感じがもう美しいのよだから、なんども言うけどリハん時前からこう見てて、えぇ、あれは美しくてね、あの日本文学はね、セトリ入ってますけどねwえぇ、これは是非見ていただきたいという風に思いますね、うーん、映像とかさ、音とかさ、もちろん文学性だとか、言葉の力とかね、なんか照明とかもういろんなものがコラボしてるのがねぇまー楽しい。

愛し人へ捧ぐ歌 / 桑田佳祐

「僕もねぇやっぱりあの、なんかこの曲を作った時ね、特に詩をね、あのやっぱ一年後に、一年後っていうか、あの宮城ライブが決まってからね、あそこの会場でまぁ歌う自分をこう、イメージ、想定してね、作った所はあるんですけど、まぁさっきの話じゃないけど、泣きはしませんけど、こうワッとくるものは、、ありましたね、あとお客の顔はわざとはっきり見ませんから、そういう時。えぇ。まぁだからその、亡くなった方々のその魂だとかね、安らかでありますようにとかさ、なんかこう残った人達も、我々も含めてふるさとがやっぱ早く元気にならないかななんていうような、そういう想いを込めてできた曲なんだと思うんでうけど。

「ほんとにお馴染みのメンバーなんだけども、振り返ればですね、でもやっぱり最強のメンバーですよね。」

「だからその、あの会場でこないだやらせてもらって、ツアーの皮切りがあそこですごくよかったなぁなんて、思ってるんですけどねぇ。」

「宮城のライブは一年前のモノをちょっとこう引きずっているような、感じがあったんでね、うん、なんかその宮城ライブパート2って感じもあったんですけど、今度からね、今度どこだ?札幌、札幌からはちょっと、ねぇ、うーんまぁ、緊張感もって参りましょうよ。ほんとね。」

月光の聖者達 / 桑田佳祐

9月15日ラジオ【土曜の夜のQ&A】

録音

■ライブの一曲目

・ポンというのは登場する時の擬態音のこと。
・音楽的なポンじゃない。

■メンバーについて

リハーサル14回やった。2週間分。

「とにかくまじめというか前向きというかね、こう曖昧な形で音楽やるっていうのが絶対に嫌なんだろうね、あれ。うーん。とにかく夜中、その日のリハーサルの音源を自分ちに帰って聴いてさぁ、自分の音、お互いの音をチェックしあってさぁ、練習したりしてるみたいですけど。ちょっとアレって思うとね、自分プレイがやっぱりもしかしたら、ちょっと問題があるなと思うと、必ずメールしてくるもんね、誰でもね。ありがたいよね。誠なんか、アレよ。斎藤誠なんか、髪の毛ないくせにねぇ、家でも自分のパートの歌、コーラスとかね、あの自分のギターのスイッチングとかあいつ大変なんですよ。うん。足元、手元で。でギターもチェンジするしね。そういうステージの動きなんかを自分の家で何度もシミュレーションしてるんだって。うーん。すごいですよね。スタッフも大変だけどね。メンバーだけじゃなくて、それの今、中心にいるのが田中ちゃんだからなぁ。」

■ライブで歌っているときの目線

「特に、漠然と見てる感じですかねぇ、うーん。なんかこう遠くを見てるって感じなんですけど、まぁその会場の広さなんかによりますけど、そのどこをって、ほらお客さんの顔をまじまじと見ながら歌うっていうのも、なかなかその歌の世界に入りにくいからねぇ。なんかどこもいない遠くの空かな。見てるとしたらね。昔はねぇ、あのねぇ、緊張した時があってね非常口を見てたの。ヴォーカルの正面なんかに緑のほら、非常灯ね。で、あの、あれをみて緊張を和らげていたような時もあったんだけどね、あそこみてるとね、なんとなくアゴが上がるんですよね、かるーく、それであのぉ、前の方のお客さんもねぇ、なんていうのかなぁ、これはオレの考えなんだけど、あの、自分達の方に目線が降りてると、前の方のお客さんが、その前の方のお客さんもねぇ、その広い会場の中でね不安になるんじゃないかと、僕の考えの中ではあるんですよ。だから演者の目線が自分の頭の上を超えてってくれてる時がやっぱりお客さんにとってはすごくね、安心できる目線なんじゃないかなっていうかね。そういう風に考えるようになったんですよね。だから前の方の客は、僕は見てみぬフリして遠い所を見つつ、遠い所のお客さんは見てなくても見たフリしてるんですけどね。でもそういうのが1番なんか、お客さんにとってはなんかこう、僕達とのコミュニケーション上もね、1番安心するみたいなんですけどね。」

明日へのマーチ / 桑田佳祐

斎藤誠のギターが素晴らしいですね。曽我くんのアレンジとか色々やってくれた事も素晴らしいと思いますけもね。

■これはどうしてもやりたいという曲

・朝立ちのバラードと疲れマラのリズム&ブルース

「今回どうしてもやりたい曲があってね。うん。特にこの曲を、長い曲なんですけどwそういっちゃうと分かるんでしょうけど。朝立ちのブルース長いんですよ。組曲みたいなのwそれとその次の曲あたりの、この連結の部分みたいものがすごく自分としては好きでね。まぁ要するにね、でも自分が歌いたい曲ですよね、今ね、それをちょっとまぁどうしてもやりたいといいますか、あるんですよ。うん。ですからまぁこれを中心に今回構成したというかね、あのそういう曲はございます。

■ライブツアーへ取り組む気持ち

「とにかくねあの、関係ないかもしれないけどほら、たとえばCDが売れないとかさぁ、今さぁ、世間ではね。うん、一時期は売れすぎたんでしょうけど、なんか面白いことがJ-POPの世界にあんまりないっていうか、その僕なんかの年齢からしてね、そういう意味でよーしがんばろうという気持ちにはなっててね。今回なんかもやっぱりその大事な仲間達と作るライブはやっぱり、絶対見て頂いて、あたりまえの話なんだけど、いいぞって。やっぱり桑田とその仲間が作るスタッフが作るライブはね。あれいいよ、おもしろかったよっていうかさ、一回見といたほうがいいよって言われたら嬉しいなぁっていうような使命感はあるんですよね。だからまぁほんとに随分スタッフとかメンバーにどんどん丸投げしてる部分も僕あるんですけど実は。ある意味こうライブを作る、製作するにおいてはね、策士のようでありたいんですけどね。ものを作る人間としてね、えぇ、そうじゃないと自分の存在価値ってなくてね、いま。

現代東京奇譚 / 桑田佳祐

疲れマラのブルース

■ライブでの3大失敗とは

「3大失敗ねぇ、そんな、ないけどさぁ、まぁあんま最近大きなのはね。なんだろ、でもね、やっぱあれだけ練習したのにかかわらず、でも練習ずっとやり過ぎるとっていうか、やってるうちに段々慣れてきて安心しちゃうんでしょうね。で本番直前で頭ん中が真っ白になるっていうのはなんなんだろうね、あれね。『1曲目なんだっけ?』って舞台監督の南谷ちゃんっていう人に聞いてるオレが時々いるんですけど、あるんですよ。あとまぁ1曲目じゃなくてもね、あの、吉原君っていう人が僕にいつもギターをこう、僕のギターを調整してくれたりね、もうギターの事、楽器の事に関しては彼が全体のチーフでわたくしのケアを、ステージの上においてやってくれるんですけど、吉原君がギターを持って来る時に、次の曲を忘れるんですよ、うん。下に紙に書いてあるんだから、それ見りゃいいんだけど、照明が真っ暗で見えない時あったりするんだよ。それでねぇ、物凄く不安に駆られましてね、えぇ、『吉ちゃん、吉ちゃん次の曲なんだっけ?』って聴くことがままありますね。」

「あとね、その俺ソロ弾いたりするじゃない?オレ。よせばいいのに。であの、アドリブのフレーズにこう夢中になりすぎて、最後のみんなの約束事っていうかホラ、東京なんて曲あるじゃない?アレなんかで、ちょっとハネるフレーズがあって、最後にドン、ドン、ドン、ドンってキメがあるんですよね。んでハネるとこばっかりきにしちゃって、1番簡単なドン、ドン、ドン、ドンってとこ、四分の音が弾けない事がよくある。そういう時弾いたような顔するんですけど、ほんとにでも最近はね、私も図々しくなっちゃってね、うーん。なんか適当に手を置いてやったりしてますけども、そんなこといっちゃいけないw疲れたような顔すんのよ。疲れてもいないのに。そういうことができるようになっちゃいけませんけど。」

■ダンサーや踊りについて

「今回そうだね、見ものの企画があるね。踊りに関しては。うん。ダンサーに頼らない、特にこの100万年の幸せ!!という曲ね。どうなるんだろう。でもダンサーの皆さんも大変でしょ。タフですよね。エバト君っていうね、振り付けの人がいてくれて、この人がまた何いってもキレないんだ、ね。で、私がこの人に色々発注したり、変更したり、付け加えたり、やっぱり取り消したりね。田中っちも間入って大変だよね。『田中ってもこれ言っておいいてよぉ。こうしといてよぉ』っていったらわかりましたって、で現場行くともうエバト君に話が伝わってて、田中から。「エバト君ごめんね。」っていうといえいえって全然だいじょうぶです、バッチリですってね。いい人でね。」

■音楽という表現・伝える力

「なんていうのかなぁ、こう僕も生きててね、あれから一年経って、些細な事から大きな災害までですよ、他人様が色々ご苦労されたことをですよ、後から実はこんな辛いことがあったとかね、あの時はお知らせしなかったけど、なんかもう大変だったんですよぉとかさ、聞くじゃない?時々ねぇ、メールなんかでねぇ必要以上にこうなんかバカだなぁと思うんだけど、メール送った後。こんなに馬鹿丁寧な言葉で、あのお見舞いの言葉を書かなくても良かったんじゃないかと思うことない?そういうのなんか、書きすぎたかなぁっていうか、なんか人の傷口を先回りしてこう舐め回さんばかりにね、うーん、そこまでせんでもよかったんじゃないかって時々思うようなことがあるんだけど。なんかさりげなくこう、なんていうのかなぁ、お見舞い申し上げるってとかいうのも、うーん、人の心の痛みが分かるっていうのも難しいねぇ、いくつになっても。オレ一生わかんないと思うんだけど、でもやっぱり音楽があるっていうのは本当に、自分にとってはね、すごく助かってるなぁ。なにか歌が自分のその、気持ちを代弁するというか、自分の気持ち以上の事をね、表現してくれるから、ほんとに自分こういう生業はね、やっててよかったなぁって思うことあるんですけど。」

■ライブでの振る舞いについて

名前を呼びたくなった時の掛け声や呼び方について「なんでも結構です、えぇ、。でも長丁場になるからさぁ、きっとさぁ、今回も。できるだけほんと、去年の9月のさぁ、仙台、グランディ、暑かったでしょ?ねぇ、やっぱり水分なんかもホントによくとっていただいてねぇ。まだ夏ですから。会場暑くてね、なかなか思うように空調がこう、ね、ちゃんと稼働しないというか、アレだけ人が入ると。うん。僕もだって、大変だったもん、ステージの上でもう。だからお気をつけになって、無理しないで皆さんね。昔はみんな最初座っててねぇ、昔のコンサートはね、テルさん。昔はみんな座ってたんですパイプ椅子に。で段々何かわかんないけど盛り上がると立ち上がるっていう風潮になってきたんですよね。それから段々なんか、どこのロックバンドがそう教育したか知らないけど、さぁみんな前こいみたいな感じになって、一曲目が始まると押し寄せるみたいなね。うーん。あのディープ・パープルの野郎が。いろんな事教えるから。うん。まぁディープ・パープルだけじゃなく、日本のね、タレントさんもね。だからそういうその、最初から立ってないと申し訳ないんじゃないかみたいな、そういう風に思っていただけるのはとってもありがたいんですけどね。えぇ、もう全然座ってて構わないし、やっぱり年齢のいった方も多いからね。うん。もしあれだったら座って十分楽しめますからね。ほんと座っててください。私なんともね、あの、みんなが座っててもね、、ほんとかな、、不安になるかな、、Let’s try againかなんかやってる時に、みんなシラッーと座ってたらwでコックリ、コックリしてたりしてね。うーん。あれでもライブ中に寝てる人いるんだよ、時々。いるんですよ。これ大きな声じゃいえないんですけど、あのとあるイベントなんかでね、でると、なぜか1番前のねぇ、2列ぐらいになんか理由で来ちゃったみたいな人がいるんですよwwおっさんで、それがこう足を広げてうたた寝されるとね、やりにくい。パシフィコ横浜でww」

■河村”カースケ”智康について

「まぁカースケってのはねぇ、河村智康は今日本で1番信頼されて、1番売れていてね、ねぇ、大変な実力のあるドラマーで。うん。人間性だ、アレね。こんなに素敵な人間いないよね、うーん。あたしのこの10年のアルバム、ソロ作品において、彼がやっぱりねぇ、ずぅーと結構いてくれて、彼がいなければ世にでなかった作品というかね、彼のドラマーとしての力量、アイデアがなければ形にならなかった作品ってたくさんありますからね、東京なんていう作品もうそうだしね、あれ彼のドラムがなかったら、あれROCK AND ROLL HEROとかね、いっぱいあります。今回のMUSICMANもそうだしね、またライブでも、彼は色々細かくアイデアを持ってきたり、まぁミュージシャンシップの固まりですよね。斎藤ってのはね、斎藤誠ってのはいいミュージシャンを連れてくるんですよ。彼を慕うミュージシャンっていうのは本当にね、あの素晴らしい人が多いなって僕は思うよね。」

■悲しい気持ち / 桑田佳祐

■楽屋のお供

「あぁ、楽屋のね、BGMみたいのね。うーん、長唄とか小唄とか多いですねぇ、僕は。うーん。あのぉなんでしょう、ジャズね。マイルスとかね、そういうおよそ自分とは関係ないものを聞くと、非常に落ち着くといいますかねぇ、でこうマッサージしたりね。あの緊張っていうかねぇ、あの最近やっと、その緊張感みたいなものを楽しめるようになってきたっていうかね、前はねぇ、あの若いころはイライラするのが強くてね。なんかもう、開場時間から開演時間までがすごく長くて、であの、お客さんが入りきらないとさ10分、15分おしたりするでしょ?あそこでね、バカだからキレちゃったりするのよオレ。昔はね。だからそういうのが、だいぶ大人になったんでしょうけどぉ、なくなってきたということと、やっぱこういう、長唄だの、都々逸だの、小唄のCDなんかを聴きましてですね、特にこの都々逸なんかのCDってのは自分のそのDNAの中にあるんですよね、きっとね。だから落ち着くんでしょうね。だからその民族的な子守唄なんじゃないかと思うんですよ。だからそこで色々もちろんその、今の若者はさぁ、楽屋で何聴くかわかんないけどさぁ、結構その、とんがった洋楽なんかを聴く人もいるだろうしね、よく街なんか車運転してると、ドア開けっ放しでさぁ、いるじゃないですか、なんかそういう、あーいうリラクゼーションもあるかもしれないけど、やっぱ私はこれから、みんなに会いに行くぞっていう時にね、スイッチをポーンって入れる為にもね、なんか相変わらずそういうの聴いてます。」

■LEDやCGなどの演出について

「あのこのLEDというね、LEDビジョンに対してこう、映すんですけどもぉ、えぇ、よくそのアラくん。アラ社長、アラくんっていう人がいるんです。その人の会社のねぇ、ディレクターさん達が手分けしてこう、まず僕なんかがリハーサル始めると、『ね、田中、ここにこういう映像があるといいな。』っていうと田中っちがこうメモしてくれて、それを作家さんに伝えてくれたりして。もちろんそれだけじゃなくて先行してね、並行して僕なんかがリハーサルしてる最中にそういった、映像を製作してくれてるっていう、その並行作業だと思うんですけども、あの、そうやって僕らもどこかで答え合わせするんだよね。パソコンでね、もってきたものを。うんその時間帯が僕も好きでさぁ。うん。今そのCGで色々、表現したり、もちろん実写も使ってみたり、いろんな動きがでたり、そこにライブ映像をポーンって置いたりさぁ、まぁありとあらゆることができるようになってきてね、ほんとに僕ら音楽チームもさぼってられないよね、さぼってるつもりもないけど、ホントに彼等頑張ってくれるからさぁ、照明チームと映像チームの共存とかさぁ、とにかくこの辺のせめぎあいというかコラボがほんとに素晴らしいなと思う。うーん。だから音楽もね、ダンサーもね、なんかこの辺が三位一体というか面白いよね。なんていうのかなある種の勝負になるんだよね。うーん。でどこにこだわったかというと、今回あの演劇的な、ちょっとだけ音楽というよりも、コンサートというよりも、その演劇的な演出があるじゃないですか、ね、うん。そこで、ある登場人物が二人いて、あの出てくるんですけど、ある衣装を着て。えぇ、その彼女達がうん、ちょっとなんていうんですか、驚くというか、驚くシーンがあるんですよね。うん。それはあの、ちょっとこれからステージをみる方は注意深く見ていて欲しいんですけど、ある長ーい曲の中で。うーん。それでおっと思った時にゴロゴロピカッってこうそういう風な非常に舞台的な、まぁこれはアナログ的な演出だと思うんですね。そういう部分もあるし、こういったLEDのCGのかなりデジタルの演出も組み合わせで楽しんで貰いたいなと、答え合わせしてもらいたいなと思うけど。」

■愛しい人へ捧ぐ歌 / 桑田佳祐

「年末まで、色々この、なんていうのかな、コンサートさ、ライブも生き物だからさ、色々変化するじゃん。それがまた楽しみだよね。実際やってみないとさ、わからないし、お客さんてのはなんでここに食いつくんだろっていつも思うんだけど、こんなにこだわった所をちっーとも食いつかないでさぁ、なんでもねぇところにわんさか、わんさかみんなこうメールがくるんだよ。あれが面白かったとかね。」

9月8日ラジオ【いつまでも歌いたい歌謡曲特集2】

・生放送

近況(ライブツアーについて)

・ツアーまで一週間
・リハーサル(練習)をしている。
・金原さんが今回斎藤誠の隣に立つ予定。金原千恵子ショーの模様。今回金原さんは見せ所がたくさんある。

「ツアーを想定してみんなで全面の鏡みながら歌ってるんだけど、こういう時が一番幸せでね。リハーサルが一番楽しい。リハーサルでMCしてる。家かると不安。」

・ライブの一曲目はライブの出方は大人としてみっともない出方をする。大人としては卑怯な出方をする。あっという間に終わるので許してほしい。ポンっと出る。音でもポンっ。
・トレーニングマシンを買った。7~8種類のトレーニングができる。家でやっている。歌いながらトレーニングをやっている。
・竹沢さんというコーラスは明るくて素晴らしいヴォーカリスト。
・佐藤嘉風(よしのり)ちゃん、今回男もいるんですよ、コーラスで。斎藤誠の負担が減って、斎藤誠はギタリストとしても新しい域、ランクに入った。いや素晴らしいですよ。
・フルボリューム。
声に出して歌いたい日本文学をやろうと思ってる。20分ぐらいある。

「オレもね、スタージを想像して歌ってるのがね、みんなの演奏でね、もうね、お客さんが目の前にいることを想いながらね歌ってるのが一番幸せなのいま。一週間前ってちょっと不安なんだけど。」

「歌ってるときってやっぱ、この辺をつかうなぁとか、横隔膜とかだの背筋だのこの辺を鍛えとかないといかんなーと少しづつわかってきたんですよね。レッグカールってあるじゃない!?こう足を前に投げ出すやつ、これはねぇ、やっぱ歌うときに踏ん張る姿勢に対して有効だとゆうことに気づきまして、膝小僧の周りの筋肉をレッグカールでね、鍛えると。」

「通しリハを毎日やってる。通しリハが始まる前に自分が前日にCDで聴いてことをチェックしてって、これを変えて欲しいと言ったことを通りリハに入ってね。ミュージシャンシップっていうか、真摯に音楽と向き合い、ミュージシャンに対してお互い敬意を表しあってやってくれるっていうのはホントにありがたいメンバーだよね。サザンにもうこういうとこがあればいいんだけど、甘すぎるんだよなぁ。

「最近ライブの製作中にですね、自分が色々スタッフやメンバーと打ち合わせしているその自分のボキャブラリーをふとね、えぇ、ふと思うとね、やっぱりオレはあの自分の人生の2大好物はやっぱりエロとプロレスだなってww大体エロとプロレスに辿り着くなっていうのはね、わかりますね。なんか料理に興味があるとかね、車に詳しいとかなんだ山岳に興味あるとか、そんなとこないですからねぇ、大体いってることが東京スポーツの何面と一緒ですからねぇ。えぇ。」

愛のさざなみ / 島倉千代子

「なかにし礼偉大だねぇ、作詞。浜口庫之助作曲。」

京都慕情 / 渚ゆう子

八月の濡れた砂 / 石川セリ

「オレ一番好きな曲だ。」

ちょっとHでいいですねぇ。声が太いですね、あれね。あのーセリさんもそうですけど、あちらの方血が入ると我々では勝てないものが、あると思うんですよね。うーん。最近の若い子ってさぁ、またそういう言い方するとアレなんですけどね、あの絶叫ってしなくない?ドラマなんかでも、芝居なんかでも、あの、こう号泣するとかって芝居なんかみないんだけど、なんていうのかなぁ、うーん。なんかそういうあの声を振り絞ってね、みないな芝居が少ないなって最近なんとなく思ってたんだけどね。うーん。あの全然関係ないけどね、カラオケルームの功罪とかっていうのもあってね、やっぱ昔の人、歌上手いとかいうんだけども、そんな別に上手いとかなんとかじゃなくて、あの今のカラオケでこう、なんかこう、カラオケルームでコミュニケーションしちゃった人達ってのはさぁ、いやカラオケルームのね、あの番組がね、どうかと思うんだけどね。あのほらテレビでさぁ、プロとアマがおなじ歌を歌ってね、グラフかなんかでるのか知らないけど、ここビブラートすると点数が上がるとかね、ほんで何百何点とかでてね、アマチュアが勝ったとかって番組があるよね。音程がピッタリ合うと得点が高いとかって、もうあーいう番組がねぇーダメ。なんだかわかりませんけどねぇ、あーいう解釈でねぇ、今はね、音楽をやる訳なんだけどね、今の子ってね。」

北国行きで / 朱里エイコ

恋の季節 / ピンキーとキラーズ

「かっこいいですよねぇ、さっきほら最近の女優なり女の子なりって絶叫しないとか、ほら、号泣しないとかそういう芝居しないような気がするっておじさん言っちゃったけどね。だけどあの、こういうふうにピンキー、今陽子さん、声を横隔膜を使って声をポーンッて前出すじゃないですか、これ普通だと思ってたんだけど、最近のその子ってのは引き歌みたいなのが、なんていうのかなぁ、なんかちゃんと声ださないっていうか、ジジくさいなぁオレも。声が出てないって若者を叱るオレ。まぁ男なんかも最近キーが高くないか?で、細かくこう、いじくりまわした歌作ってこう、ほんとにあの誰が悪いって、ミスチルが悪いwほんとにあのミスチルの功罪はwホントにミスチルのCD買うなwいやいやそんなことない。桜井はいい奴ですけどね、あそこの社長が悪いwwあのOORONG-SHAの社長は大悪党だからwまぁそういうことでね、各会社の悪口ばっかりいってもしょうがないんですけどね。まぁGIPにはホントに世話になってるし、大変だったんだよな、やっぱG.I.Pは震災以降な、来週は佐藤Dとやさぐれ社長と会わなくちゃいけないんですけども。ほんと話は長いしな、たまにいい事いうけどね。うん。たまになw」

恋の奴隷 / 奥村チヨ

「これHよ。」

「おれだから最近つまんない時はあれしたのよ、韓流ドラマのDVD買ったの。あの知ってる?韓流ドラマで、千日の約束って知ってます?あのなんとか、冬のソナタ以来ハマった韓流ドラマがないんでね、あのガイドブックみたいの見て、あっこれ買ってみようと思って、BOX2つ買ったんです。全20話なんですけど、しかし韓流ドラマってのは話が進まないねぇ。」

「オレ早送りでみたの。訳が消えない程度の。とにかくだって今オレが話した文(あらすじ)で10話なんだから。進まねぇんだ、いつも同じ話をまた蒸し返しては。だけどなんですか、韓国社会が抱える問題が描かれてるのかもしれないよね、まぁ恋愛事情とか貧困とか格差とかね、まぁ親子、嫁姑、上下関係とか最後福祉とか介護問題までいくんだよ。悔しいから20話まで見ちゃったよ。長いでしょ、向こうのって一時間以上でしょ、CMもなくて。見ちゃった。千日の約束、主役のオネェちゃんいい身体している。最後は大変なことになるんですけど、泣けますよ。」

東京ナイト・クラブ / フランク永井と松尾和子

「まぁとにかくねぇ、この時のフランク永井さんはおいくつなんでしょうねぇ、30歳ぐらいですかねぇ、田中っちと変わんないとおもいますよ、新宿センズリボーイとwwこの松尾和子さんの、誘うような色気といいますかねぇ、お会いしたことあるけど、少しお歳は召してましたけど、素敵な方でしたよ。」

ラブユー東京 / 黒沢明とロス・プリモス

「歌謡曲の特集でございましてねぇ、やっぱりなんていうのかなぁ、あのー我々日本人は1番こう、こんなこというと古臭いけど、キャパシティに合ってる音楽っていうのかな、あのー、そして先達が苦労して傑作をたくさん産んだこの名曲達。」

オレの親父の葬式の時に私歌いました。

私、ヴォーカル歌ってる森さんの奥様からお手紙を頂いてね、だから僕、たそがれの銀座って曲を音楽寅さんで歌ったのと、それから黒沢明とロス・プリモスの歌をお葬式で歌わせてもらったみたいな事が、森さんのご一家の奥様のお耳に入ってね、丁寧にお手紙をいただいてね、ありがとうございますみたいな。嬉しかったなぁ、小学校5年か6年の時、よく親父と狭い風呂に入ってね、でなんかテレビでおぼえたばっかりの曲を親父が歌ってくれっていうからさぁ、よくこの歌うたったのよ、うーん。なんかそういう思い出があったものだから、あのついつい照れの裏返しであの親父の葬式であんまりべーべー泣くのも、あんまりピンとこなかっていうのかわかんないけど、この曲歌ったんですけど、七色の虹がっていうんだけど、うちの親父セブンって会社をやってたんでね、昔、バーセブンとか。7っていう数字が好きで、うーん。なんかナナとかいう女がいたらしいwwいやそういう説もあるんだけどわかんないwwえーでもそういうことがあって、黒沢明とロス・プリモスさんのヴォーカルの森さんの奥様から手紙をいただけるようになったって事は嬉しかったなぁと話なんですけどね。

新宿の女 / 藤圭子

「宇多田ヒカルのお母ちゃんというと、わかりやすいのかもしれないけど、根性入ってますよ歌。」

「最近アレだよね、引き声だとか、なんかその最近のとかって色々いってたけど、シシド・カフカとかさ、いらっしゃいますよね、綺麗な女のドラムでね。あとあのね、最近よくYouTubeなんか見てると外人であの、キャロリン・ワンダーランドとか知ってる?いるんだよねぇ、あの女でまぁもうジャニスなんてもんじゃないぐらい歌うまくてねぇ、ギターはね、もう指で弾くんだけどねぇ、ピックじゃなくて。あのテキサスの人らしんだけど、テキサスっていえばジョニー・ウインターなんているけど、あれの女版みたいなとんでもないのがいて、女子の強者ってほんとに増えてきたね。日本の女でもさ京都の女なんかで着物着てブルース弾く女いるでしょ、静沢さんでしたっけ、素敵な人いますよね。B.B.キングなんか歌う人ね。」

■シシド・カフカ

■静沢真紀

■キャロリン・ワンダーランド

9月1日ラジオ【いつまでも歌いたい歌謡曲特集1】

【生放送】

■近況

・あと2週間で仙台。
・ゲネプロやる。
・リハーサル毎日やってる。
・あれもやりたいこれもやりたいといってるうちに曲数が多くなった。ベスト盤の影響もあり、曲が増えた。
「素敵な仲間達と音を奏でてるわけです。あーでもないこーでもないといってね、いろんな思い付きがあっては話、みんながもう、ほんと目丸くしちゃって、いいですよやりますよみたいなね。やっぱりやめるわ、みたいなね。」

あたし、レコーディングもやってるんですよ、最近。大変なんですよ、ツアーやりながらレコーディングってねぇ、何のレコーディングしてるか、ちょっと言えないいんですけどねぇ、じゃあそんな小出しに言うなよなぁw言えないものをなぁw言いたいんだよ自分で、オレはこんなに仕事してんだぞみたいな、がんばってるんだぞみたいな、だからツアーでヘマがあっても大目にみてくれよぉみたいな。そんなこと言いたいんですよ。」

小指の思い出 / 伊東ゆかり

「歌謡曲っていったって、色々定義は広いんですけども。」

「三人娘(中尾ミエ、園まり、伊東ゆかり)の中でもなんかちょっと、音楽的っていったらおかしいけど、なんていうんだろう、園まりさんって、ちょっと綺麗でね、色気があってね、中尾ミエさんってなんかこうすごくこうきっぷが良くて勢いがあるキャラクターの方でね、えぇ、今でもお綺麗ですけど、で、こう伊東ゆかりさんて、当時ショートカットで、なんかあの女性からモテるような、なんかこう、でもなんか色っぽかったねぇ、歌うまかったしね、えぇ。」

「良い曲だねぇ、でも。いい曲っていうか、あのフルバンドがあってね、このボンゴの音がね、ちょっとラテンというか、えぇ、あんまりドラムの音とか聴こえないんだよね。うーん。おしゃれでね。

いいじゃないの幸せならば / 佐良直美

「大好きな曲だね。」

「この頃ってあれですね、作詞・作曲とかその作家人、編曲家の方のね、ネーミングが必ずこう、燦然と輝いておりましたよね。曲に関して、いずみたくさん。」

「佐良直美偉大です。」

「ほんとにいい曲でございます。」

「下世話な話になると、レズビアンじゃないかって噂があったんですよ。その女性週刊誌なんかで、でもこないだご本人がでられてて、いろんな事言われたけど、わけわからんと、なんで勝手な事書くんだと、迷惑したけど、そういうもんだと思ったと、うーん。いうようなこと言われてましたけど、なんかこうスキャンダルとかね、うーん、家族に問題があるとかさ、色々そういうの噂になったじゃない、心に傷がある過去があるとかね、うーん、そういうのもふくめてね、ワクワクテレビをみていたもんなんですけどね。」

伊勢佐木町ブルース / 青江三奈

スウィンギーなんですね。歌もね、リズムもそうなんですけど、昔の人は。えぇ、んで、このベースの音もね、けっこう硬い音してますよね、えぇ。あのアンプにこうベースとかミディアムとかミッドとか、あのトレブルとかあるんですけど、ベースなんかこうしぼっちゃってるような音してますよね、昔の、この頃のビンッ、ビンッ、ビンッってアタックばっかり。そういうのがカッコよかった。当たり前だと思ってたんですけど。えぇ、お亡くなりなられまして、青江三奈さんね、音程もいいよ、非常にこう、なんていうの、スウィンギーっていうか、今でいえばグルーヴィーっていうのかな歌が、こういうグルーブで歌うっていうのはなかなか今の人はできないんじゃないかとかっていうと、ジジくせぇって言われるかもしれないけどね。えぇ、なんでこんなに良いものが、なぜか絶滅してしまったのかって、今はホラ昭和歌謡とかいう言い方でまとめられてますよねぇ。俺アレあんまり納得いかないんだけどぉ、うーん。昭和歌謡っていう風にまとめられるじゃないですか、うーん。で、なんでこういうのが、僕なんかもサザンでデビューして、いろんな音楽的な経験をさせてもらって、いろんなこう勉強してきた中で、まぁ34年ですけどもデビューして、やっぱり僕らが昭和30年代の終わりから40年代に聴いていた、50年代に聴いていた、あのこの歌謡曲、あの、わりとアレですよ、バックはフルバンドと弦が入ってるとかね。うん。そういう編成の音楽がカッコイイのかなって、思うようになったわけです、こういう34年間の中でね、うーん。あのなんでもそうなんですかね、大衆がやっぱり飽きるんですかね、やっぱね。とにかく昔は、なんでもこの形であのテレビにずぅーと流れてましたしね。うーん、当たり前になってきちゃうとやっぱり、大衆ってやっぱりすごくこう、なんだろ次に行こうとするというか、自分勝手だもんね、あれほど熱狂したのにね。であの、ビートルズなんかもさ、オレ覚えがあるんだけどさぁ、オレが中二かなぁ、中三ぐらいん時解散したんですね、1970年かな。うん。その頃、俺好きになったわけビートルズ。うん。遅いのよ。んで1970代に入ると、あのビートルズを聴き始めたわけよ、うん、高校一年ぐらいん時、そうするとね、みんなバカにするわけ。ビートルズだよ。今ビートルズの話すると喜ぶじゃない、喜ぶっていうか、あの栄光がわかるじゃない。ところがねぇ、僕が中3、高1、高2の頃、『お前まだビートルズ聴いてんの?』って奴がねぇ、いっぱいいたのよ。『駄目だよぉ、ビートルズ聴いてちゃ、お前www、おい、ちょっときてきて、まだビートルズ聴いてるやつがいる。』まだきてきてとは言わないんですけど、これ嘘なんですけど、えぇ『グランドファンクだろ、今は。』とかね。『ツェッペリンだろ。』なんてみんなこうアルバムもっちゃってさぁ、ツェッペリンⅡみたいなの。うん。これもっちゃって、いまピンクフロイドだよとかっていって。そういうのがこう色々やっぱり、回りまわって時間をかけてまた再認識されるとかね、再評価されるってのはあるんですけど。」

aikoがサザンビーチ茅ヶ崎でライブをした時に桑田さんの曲を歌った事について

aikoちゃん、こないだ会ったの俺。ちょうどツアーのリハしてたらね、わざわざaikoちゃん来てくれて。嬉しいよ。うん、スタッフに、田中っちがね『aikoさんが来てますから。上で待ってますから。』ってもう小走りになっちゃってオレ。もう小走りで階段をトン、トン、トンって芝浦スタジオの、えぇ、スタジオの名前まで言わなくていいんだよね。」

「だからaikoさんが来てくれた時に、『ごめんね、オレ、茅ヶ崎出身のオレがほんとはライブなんかね、やるのにアンタがいつも茅ヶ崎の海岸でやってくれてんだね、何万人も集めてね、みんな楽しみにしてるよ、ホントありがと。』とオレからも、船長の変わりにもね、えぇ、ありがとねーみたいな、言って、もう、打ち上げオレに任せろみたいな事言ってたんです。うん。打ち上げオレに任せろ、全部払うからみたいな事いって、そんな事いったけど、aikoちゃん、良かったんでしょ、茅ヶ崎ライブ。みんなありがとね、茅ヶ崎市民っていうか、茅ヶ崎出身の人間として、茅ヶ崎を愛する人間として、aiko万歳。ありがと。これからもよろしくお願いします。メールの交換もしちゃって。うん。桑田さん大好きってきたの、ハートがいっぱいついて、いいでしょ、オレも、結婚してください。式場はこっちでおさえておきますって、バカでしょ、オレ、56。うん。」

みずいろの手紙 / あべ静江

もう、ちょっとこの頃になるとね、あのさっきの、その伊東ゆかりとかさぁ、いずみたくとか、そういう世界から、段々こう、ちょっとアレンジも、ベースなんかもちょっと、こう16ビートになって、ハネてきたりね。ちょっとかなりこの70年台、70年代フォークっていうか、その、洋楽の影響を受け始めてるっていうのはね。あのロックのね、影響を受け始めてる頃も良かったね。多分これ70年代ですよね。72、3年かな、うーん。この頃良かった。天地真理とかそれなりに、太田裕美とか、ちょっとフォーキーな影響があったりしてねぇ。

「あべ静江さん昔ねぇ、テレビ番組出たらねぇ、泣いてたことがあったの。で、宮川泰先生が一緒にいてねぇ、静江ちゃんを慰めてることがあったの。うん、その頃ちょっと噂があってね、あべさん、あるニューミュージックの歌手と。えぇ。いやだからなんてことはないんだけどwwオレって下衆な男だよなぁww」

噂の女 / 内山田洋とクール・ファイブ

「いや、もうこれねぇ、クールファイブのシングル3枚目か、4枚目だったかなぁ、うーん。全部買ってからオレ、シングルもアルバムもねぇ。あの頃は。いいですよねぇ、やっぱり、この頃のオケってのは、ベースがやっぱりこういうね、ディン、ディンってトレブルだらけでね。まぁとにかく、とにかく私が日本で1番尊敬する歌手、ヴォーカリスト前川清さんとの出会いがなければ、勝手に言ってるんですけど私が、中学2年の時でしたけど私が、これ前川清さんまだ多分21か22ですよコレ。ウワァ、ウワァ、ウワァっていいながら。凄いでしょ。このテナーサックスに、ね、ウワァ、ウワァ、ウワァと絡みつく、このヴォーカル。これを中二の私が、見初めて、惚れて。この人がいなかったら私は今いないとまで、だからがんばってんだオレもw。オレもっておかしいwレコーディングもしてるし。ツアーの練習もしてるし、もう56歳で。頭悪いのに、ずっと立ってんだオレ。」

雨に濡れた慕情 / ちあきなおみ

「どうしてこんなに色っぽいんでしょうね。」

まぁホント編成も大きいですけども、えぇ、とにかくブラスも弦も、あっこれはあんまブラスは聴こえないか、うーん、編成大きいですからねぇ、生楽器という、いまみたいにコンピューターないですからね、うーん、なんかジャズの影響だの、うーん、スクリーンミュージックの影響とかいろんなものが感じられるっていうかね、大人っぽいなぁっていう感じがするでしょ。うーん、コンピューターってのは良くないねぇ、便利なんだけどさぁ、いやぁ、あたしもレコーディングしながら今、『ちょちょっとそこ動かしといて。』なんて、うん。『波形状はだいたい合ってますよ。』なんて言われると、あぁそうかなんてね、波形状はピッチ合ってけど、ちょっと下げといてとかって、よくないよ。そんなことしなくたって、ね、ほんとーに上手い人ってのは、ちあきなおみとか前川清とか青江三奈とかね、みんなこう、ほとんど一発録りの時間内で、じゃじゃっとやって、それこそアルバム一枚作るのさぁ、たった一日とか、そういう中でね、名作残してんだよ、いい仕事残してるんだよ。うーん。ちっとも頑張ってないよ、桑田。ほんとにもう、曲数が多いから途中で休むかもしれないとかね、多少ヘロっても許してほしいとか。」

「いい女でね、この方あの旦那さんが宍戸錠さんの弟さんでしたよね、その方を亡くされてから、えぇ、まぁ表舞台に出てこなくなったんですけど、ちあきさん。なんか週刊誌なんかでさぁ、あのお墓参りをするちあきさんのお姿を拝見したことあるけども、週刊誌で、だけど、ほんとーにYouTubeなんかで見れるんだけどさぁ、うーん、昔の子供の頃はやっぱり気がつかなかった彼女のやっぱり歌の上手さとか色気とかね、もの凄く深いものをさぁ、うーん、不思議な時代だよね、それが今わかる、今僕なんか気付くんですよぉ。うーん、ちあきなおみさん帰ってきて来んないかなぁってみんな思ってるんだけど。だけどほんとにちあきなおみ凄いしね。伊東ゆかりさんなんかもいろんなジャンルの歌をこうねぇ、歌いこなす。」

手紙 / 由紀さおり

「凄いですよね、由紀さおりさんも素晴らしい。このアレンジとかね、いまの左側でいってんの、ちょっとわかんなかったんだけど、キャッチーなメロディをね、イントロに、それから歌の合間に放り込む、ほんとーになんていうかなぁ、人間の、あの、まぁこの、音楽家の、当時のアレンジャーの、作家の凄みってのを凄い感じるんですけど。とにかくさっきも言いましたけど、こう、この弦の人達がいて、あの、その、ブラスの人達がいて、バンドの人達がいて、段々それがこう人数的に、こう、なんていうんですか、淘汰されてくるっていうのかなぁ、この編成が、大きな編成が。予算の問題とか色々あるんだろうけど、予算とかテクノロジーの発展とか色々あるんでしょうけど、それが、僕なんかも今ツアーやってて、昔はこんなこんなことできなかったのに、今できちゃうってことが実は僕なんかいっぱいあってね、いい時代になった、便利な時代になったんだけど、なんかそれでちょっと大事なことを失ったんじゃないかなオレはっていう事もちょっとあったりするんだけど、カッコつけていうとね。昔は書き割りだったものが、今ね、お金はかかるんだろうけどさぁ、LEDなんていうのとかさぁ、それに、今パソコンで打ち合わせできますでしょ、うん、『桑田さん、ちょっとコレ、桑田さんコレ、リハーサルが終わったらちょっと、あの後ろに使う、バックに使う映像、曲によってこう、これをスタッフが打ち合わせしたがってる。』っていうんで、僕は、いつも田中にリハーサルの時にね、歌いながらこう、なんだ、田中あの、このサビは、たとえばバラの花がバァーッと降ってくるみたいな、そういう映像を頼んどいてくれる?なんて割りと幼い口調で言うと、田中くんが一生懸命、悲しい気持ち、サビの部分、バラの花びらが華麗に降ってくるみたいなことを、これまたこうスタッフに伝えて、それスタッフが受けてくれて、まぁコンピューターグラフィックにしてくてれてね、、それを当日行くまでもなく、ね、東京のスタジオでパカッと開くとアレを、ノートパソコン。まぁそこで色々いわゆるシミュレーションが見れるっていう、とっても便利なね。ありがたーい、それなりの大変なスタッフの苦労があるんですけどね、そういう確認は速いですよね。そういった時代と真逆の時代にこれだけのね、あの、あれを残してるっていうのは凄いし、ピンク・マルティーニさんがさぁ由紀さおりさんのジャケット、発見してさぁ、わぁ綺麗な東洋人の女だなぁと思って、一緒にやったでしょ、こないだ、あれなんかが凄い僕嬉しくて。」

虹色の湖 / 中村晃子

「いい音してるよねぇ。」

中村晃子さん、もう大好きでしたけどねぇ。えぇ。この歌のエコーとかがね、すごーくいいんですけども。

「昔よく湖でてきたね。歌詞に、今あんまり湖でてこないような。今の歌詞知らないんだけどオレあんまり、今のアレじゃないの、やっぱり、J-POPっていうかさぁ、うん、自分達もそうなんだけど、うん。こういうこというとジジイだから、あのなんか、ジジイになると皮肉っぽいとか言われるんだけどさぁ。今のJ-POPはやっぱり、ちょっとこう作りすぎじゃねぇかなっていうか、あの、ゴールデンボンバーぐらいでいいのにと思うんだけどねぇ。うん。ゴールデンボンバー大好きなんだけどねぇ。うん。あの、まぁ、いじりすぎっていうかね、もちろんいい部分もあるんでしょうけどね、当時はもちろん制約があったの、うん。コンピューター無いし、でやっぱり色々その、システム状も多分ね、レコーディング上の制約とかいっぱいあったんですよ。サザンなんかだって、30何年か前にデビューした時はさぁ、今みたいに、デジタルでなんか、ちょちょっとこう、やるとかね、とにかく、レコード作ってから、あれだったんですよ、ミス・ブランニュー・ディっていうは1984年でね、ほんとはアレのB面に入って、ほんとはっていうのがアレだったんですよ、アレがA面だったんですよ、なんでこんなこと思い出したんだろう、それで、海がA面でB面が多分当時アナログだからね、A面とB面があったんですよ、うんシングル盤ってのは。うん。見たことない人もいるでしょうけど、それでミス・ブランニュー・ディの、夜中になんか、ずぅーと気になってた事がね、やっぱり海は地味じゃねぇかなぁと思ったの、その流れ的に、あの、うーん。それであのヤスくんっていう当時のね、今の田中くんみたいな子にね、携帯もないから、ちゃんと家電してですよ、夜中の3時ぐらいかな、『オレ、物凄くクヨクヨしてんだけどぉ、あの海って地味じゃねぇかなぁシングルで。』って、それで向こうは寝ちゃってて、あっもう工場入っちゃたんですよ。つってね、『だよねぇ』なんつって、いや一ヶ月前ですよ、もうつってさぁ、でもそれをなんとかもうビクターとかアミューズ総動員してね、うん、まぁ裏表ひっくり返したっていうのは画期的な事だったと思う、だからまたそこで迷惑かけてんだけどぉ、うん。だからそう、いまはまたちょっとシステムが違ってね、うん、あの頃よりも少しオレ認められてるからwwあの頃全然信用なかったし。スタッフ間に。うん。それで、あの当時ですらやり方がシステムが、制約があり、非常にアナログチックでね、それなりに人のあの苦労が大変でしたよね。うーん。色々こう仕事がさぁ、語らないといけないっていうか、こう、自分のポリシーとかをもう、ね、体中で、いまやらなくてもこう、なんかこう、すごく便利にできてるじゃん、そんなに熱くならなくても、メールいいですねぇ、メール大好きオレ。ほんとに。」

女のためいき / 森進一

「でた。すごくキーの高い口笛。」

僕は天才だとおもってる。この人は、僕はねぇ、森進一さんすごいよぉ、結構この歌い方みんな真似したんだよね、今も真似するんだけど、ウァワァっていうんだけど、あの、キーは高くてねぇ、それでこうちょっとしゃがれててねぇ、この企画はいったい誰が持ち込んだのか、誰じゃない、本人なんですよ、きっとねぇ。で、誰が当時の森進一に期待したんでしょうね、いいのがいる、ちょっと変わったのがいるよ、ぐらいだったかな、わかんない、こんなこといっちゃ失礼だけど、かっこいいでしょ、うーん。昭和のラルク・アン・シエルですよ、これ。ちがうか。ヨーロッパで人気でますよコレ。えぇ、そのぐらい特殊なね、ちょっとオレは黒人の、ブラックフィーリングみたいなものも森進一に感じたり、森進一はそれを意識したかどうかはわからないけども、でも誰が教えたの?これを?この技術を。このフィーリングを、森進一に。やっぱ森進一すごいんですよ。誰も教えちゃくれない。イチローもそうでしょ。振り子打法って、みんな止めたでしょコーチが。だめだよ一郎くん、鈴木くん、鈴木くんって止めたらしんだけど、でも僕はこれで行くって。イチローと森進一を一緒にしてるわけなんだけど、一緒なんです。天才です。意外とキーが高い。」

人形の家 / 弘田三枝子

「さぁ、天才といえば、この頃ね、安易に天才っていうべきじゃないんですが。スキャンダラスだったねぇ、三枝子ちゃん。昔MICOちゃんつって、サザンの歌にもなってんだけど、MICOっていう歌。うん。綺麗ってアルバムに入ってんの。MICOって、あれねぇ弘田三枝子さんの事なんだ。うん。それぐらい、昔、ポップスなね、キュートな、あのなんていうのかな、ダイトマイトなんとかっていうあだ名されるようなポップス歌手だったんですよね。弘田三枝子さんは。ところがさぁ、なんとアレしたわけですよ、お顔のほうを。うん。お顔をほうを綺麗に、変身なさったわけです。それでまた話題になって、たしかに凄いお顔が変身されて、綺麗になられてね、音楽性もかなりこう、音楽性も変えてったんですよ、うん、ちょっとその、なんていうのかな、当時のその、あの、イギリスかどっかわかんないけど、なんかちょっとこう、様式美のあるこう、バニラ・ファッジじゃないけど、なんかそういうちょっとね、プログレまでいかないんだけど、なんか当時の様式美ロックの方にね、ちゃーんと自分の顔も姿も声も合わせていったって、凄いよこの歌。

「森進一さんも、弘田三枝子さんも、ちあきなおみさんも天才だと僕は思ってるし大好きなんですよ、全員。あの頃の子だから僕は。うん。ほんで、影響受けてね、今でもその影響引きずって、こうやって仕事させてもらってるんですけども、でのそのさぁ、得体のしれない、なんていうのその存在感とか生き様とか、バックボーンとかって感じると、そういうもんじゃない、なんか、森進一のなんかさぁ、うち行きたくないでしょ、そういう言い方いけないんだけど、どこの人なんだろうとかね、唇テカテカ濡らしちゃってさぁ。そういうものを感じさせてくれる時代の音楽がほぼテレビとラジオから流れてきたもんですけどね、うん、良かったなぁとかいうかね。」

再会 / 松尾和子

「まぁ歌詞の中身は恋人が、えぇ、プリズンにいらっしゃるのを、その帰る日を待ってるといった感じなんでしょうかね。色々思い出の海に行ったとかそういう話をしてるんですけど。リバーブをあんまり感じないこの声、レコーディングの仕方ね、多分同録に近いんじゃないかと思うんですけど、1960年ですか、えぇ、松尾和子、いいオンナで、一度お会いしたことあるんですけど。うーん。あの歌がまたいいね、これ。無料エロサイトみたいなものはさぁ、大人に限らず平気で見れちゃる世の中っていうのはさぁ、こういう歌謡曲を育むってことはないかもね、なにいってんだかわかんないけどさぁ、ねぇ、やっぱりこういう物語育まないと思うんですよ。やっぱり。得体のしれない何か、イマジネーションというかね。この素晴らしい日本人の感受性が産んだ、努力が産んだ歌謡曲の世界を来週もパート2で特集したいと思いますけどね。