月別アーカイブ: 2012年10月

10月27日ラジオ【ゲスト斉藤誠・河村智康】

生放送

桑名正博について

「26日だっけ、あの桑名さんね、えぇ、お亡くなりになりましてねぇ、えぇ正博さん。えぇ、僕も最後にお会いしたのが、もうね、何年前、随分前になるんですけどね、でも会うとね、あのーホントにいい男でさぁ、うーん、んであの笑顔でさぁ、もうとにかく気を使ってくれるんだよね、あの人ね、うーんなんかちょっとさびしがり屋でね彼、うーん。俺なんかほんとねぇ可愛がってもらった方だったんですけどね、ほんと残念ですけど、ご冥福をお祈りしたいと思います。」

声に出して歌いたい日本文学について

「日本文学をメドレーでね、僕はねぇアレねぇ最初あの、やるべきかどうか、やりたいんだけどね、よくこだわりとかっていわれますけどね、あんまりこだわりはない方なんですけど、やりたかったのあの曲。でもそのやれるかどうかはわからなかったんだけど、最初こうなんか曲順表作って、誠君に渡したか相談したかしたらね、誠君最初ね、あのアレはいいですねみたいなこと言ったんですよ。それでねぇ、私はねぇ良かったワケだから、うん。自分じゃね、やりたいんだけど、やろうって言いだせないタイプww誰かが言ってくんないと。えぇ、とにかく最初やるべきか迷ったんですけど、えぇ大体誠君の反応伺って、えぇ。」

ROCK AND ROLL HERO / 桑田佳祐

ツアーの反省点

斉藤誠「反省というより次もっとおもしろくしようという意識は常にありますけども。」
桑田佳祐「どうですか、たとえば誠さんはですねぇ、えぇ、あの今回のツアーは、なんかこだわりでも、ざっくりと。」
斉藤誠「でもなんか、とにかくこうまとまり度具合がどんどん良くなってく感じがするんですよぉ。」
桑田佳祐「ありますねぇ。」
斉藤誠「もうそれは楽屋からすでにそうなんですけど、」
桑田佳祐「ほんとにいいチームですよねぇ。」

ライブの内容が変わっていることについて

桑田佳祐「でも毎日変わってるよね。
斉藤誠「そうです。」
河村智康「ちょこちょこ。」
桑田佳祐「ちょこちょこね。二度と同じライブやってないですよもんね。今までね。」
河村智康「一回も同じライブやってないですね。毎回違いますね。」

ライブ中に楽器を変えることについて

斉藤誠「桑田さんも結構、何本も変えてますよね、エレキギター、同じ曲でも昨日と今日とソロを違う楽器でやろうとしたりしますもんね。」
桑田佳祐「まぁ僕の場合ね。」
斉藤誠「桑田さんね。で僕も、何本か使い変えたり。」
桑田佳祐「それはなんで?曲によって変えるのは何故なんです?」
斉藤誠「そうですねぇ、その曲の持つ表情っていうか、それに合して自分も変えたいっていうのがあるんですね、意識を。前の曲と、こっから変えるぞみたいな。」
桑田佳祐「いろいろありますよね。」
斉藤誠「あります、あります。」
桑田佳祐「まぁ音が違いますしね。」
斉藤誠「カースケ、スネア変えてるとかあるよねぇ。
河村智康「変える。変えてます。」
斉藤誠「すごい事だよね。それ。」
桑田佳祐「教えちゃう?じゃあ。あの。」
河村智康「えーとね。」
桑田佳祐「ずいぶん前半の方でスネア変えるとこあるもんね。」
河村智康「あの、えーと今回はですね、一曲だけ。愛しい人へ捧ぐ歌。あれだけです。えぇ。」
桑田佳祐「なんで変えてるんですか?」
河村智康「あれやっぱその、やっぱオリジナルの感じっていうか、まぁタッチを、ちょっと再現しようかなっていうのとかあって、やっぱりあの雰囲気を出すためにというか、それで変えてます。」
桑田佳祐「わかりました。まぁちょっと微妙なね、その判断でね、デリケートに変えるんですよね。」
斉藤誠「またそれで盛り上がりますよね。自分でまた。」
河村智康「曲の気分になれるっていうか。」

リスナーとの電話のやりとりで桑田さんのお父さんは満州鉄道で勤めてたとのこと

ヘブン / 原由子

人生いろどりの主題曲

ライブみどころ

河村智康「僕のこだわりなんですけど、桑田さんとやる時すべてなんですけど、このメンバーと一緒に桑田さんと音楽やってるっていうのは、僕の最大のこだわりです。あの、もう片山にいたっては僕17ぐらいの時から一緒で、ずぅーと一緒なんですよ。そういう奴といまだに音楽やってられて、しかも桑田さんの音楽やってられるっていうのは、これはちょっと最大のこだわり。斉藤にいたっても19ぐらいから知ってるもんね。アマチュア時代から知ってたり、そういうメンバー、いまだに何十年もたって、まだいまだに現役でしかもやれて、しかも桑田さんの音楽をみんなで演奏できるっていうのは、もうこれは僕の最大のこだわりです。いつもそうですね。」

新メンバーについて

桑田さん「でもあれですね、あのー、まぁこういう話も嬉しいですけどね、今回ほら新メンバーもいるじゃないですか、あのずぅーと長く一緒にやってる仲間もいるんだけど、オレはね今回あのほら、コーラスのね、あの竹沢さんていう、敦子ちゃん、うん、この人は中々いいですね。」
斉藤さん「いやー、そうですねー、ピッチ抜群ですよね。
桑田さん「ね!うん。」
河村さん「俺、あのキャラが好きです。ナチュラルなボケ方がw。」
斉藤さん「キャラさいこー。」
桑田さん「いいキャラしてるだよね。」
桑田さん「あのー竹沢さんという、あっちゃんとね、うん、このシンガーとして非常に僕は好みですねー。この方は。いつものあの安奈陽子ちゃんもいてくれてね。彼女がまぁビシっとしめてくれてますけど。あと男の佐藤嘉風。うん、これがなかなかいろんな事ツアーで見せ場がありますんで。そういう新メンバーなんかもね、楽しみにしていただきたいと思います。」

桑田さんがココだけはこだわったという演出

桑田さん「アレはでも刺激的ですよ。あれはかなりR指定ですから。それでまぁね、今回はね、ちょっとねぇ僕こだわったとこなんです、あの、日本文学のあるひとつのシーンなんですけど、あのー、誰でしたっけ、与謝野晶子。ねっ与謝野晶子、みだれ髪なんですけど、そこでちょっとある映像を付けくわえたんですけど、ここはもう絶対、今回はね、この露出をして欲しいと。この部分を、とにかくこのコンサート会場に密航してきたね、密航といったんだけども、お客さん。あのーあそこの会場ならではのね、やっぱり、まぁ特殊なものをね、うん、まぁ、あのー、もしかしたら恥ずかしいものかもしれないけど、それを共有したいと、いうような話をスタッフとして、スタッフもね、ほっとくとね、やっぱりあの我慢しちゃうというかね、コンプライアンスかけちゃうんですよ。リミッターを、いままでは、だから、それをとにかくここの部分だけは、いってほしいと。ちょっとこの露出はちゃんとしたいと。ちょっとくだらないことかもしれないけど、僕どうしてもこだわりたかった部分なんですよね。だからヤラしいんだけど、でもこれは正しいんだww。まぁこれからライブ来るかたね、楽しみにしていただきつつ、お子さんの目隠しだけはしていただきたいと思うんですけどwww。」

「でもね、あの考えてみれば、ほら日本文学の世界をね、あのーいわゆる坊っちゃんとかさ、坂の上の雲のさ、千と千尋の神隠しの、あの松山でね、やれたことが、俺後から気付いたんだけど。えぇ。道後温泉あの後行って、したら天皇陛下、昭和天皇がもう50年ぐらい前にいらした、玉座がこうあってね、ちょっと感動しましたね。綺麗にしてあってね。」

明日晴れるかな / 桑田佳祐

生歌 Baby it’s you

桑田佳祐
斉藤誠
河村智康

10月20日ラジオ

録音・お題:マイルスを聴きながらありふれた日常を語ろう

Straight,No Chaser / Miles Davis

最近見たDVD
・ファミリー・ツリー

馬渕晴子について

「あとねぇ、俺馬渕晴子さんにちょっとハマったんですよぉ、んで馬淵晴子さんが出てる映画をね、ダァーッと調べて、ツタヤで借りてきたの。で、その中にね「妻は告白する」っていうね、昭和36年の、これあれあの、若尾文子さん。うん、若尾文子さんが主演なんだよ。まぁ若尾文子綺麗、色っぽーい。うん、馬淵晴子さんも綺麗なのよ、うん。これおもしろい、日本の映画も、でも白黒だけど、この頃、昭和36年頃、なんであんな面白いんだろうね?かっこいんだろうね、段々日本の映画、それからなんか、俺がいうのもなんだけど、なんかあんまり変になってく時代もあるんですけど。」

安田成美について

「あとねぇ、最近見た大河の一滴ってあの、これ本も面白かったけどさぁ、えぇ、俺2回ぐらい見ちゃったけど、見たよ、DVDで、90年台の映画かな、で、安田成美っていいね。安田成美さんは本当にね、ナチュラルで綺麗っていうか、なんかこう、化粧っ気のあるこう、なんかこう、なんだ、そういうアレじゃなくて、まぁナチュラルなわけよ。うん。化粧っ気がナチュラルって意味じゃなくてね、その安田成美の映画って、その、真剣に見たのって、申し訳ない、初めてだったんだけど、あんなに素敵な女優さんだと思わなくて、申し訳ない、謝ります。良かったよ、大河の一滴。」

So What / Miles Davis

Someday My Prince Will Come / Miles Davis

邦題 いつか王子様が

お酒と音楽について

「あのー、だいだい酒とBGMだけでねぇ、女を口説こうと、口説けると思うのが甘いなぁ、ねぇ。最近思うにね、お酒飲んでないでしょ、僕、ね。ほんであのぉー、ライブ、ステージなんかでもね、えぇ、お酒飲んでないから、もうほんと、音楽だけがお友達なっちゃったなんて事を言ってるんですけどね、だけどほんとねぇ、やっぱり、ライブハウスみたいな所でね、まぁウーロン茶なんか飲んでるじゃない、最近。それであの、楽器が置いてあったから、みんなでセッションなんかしたんだけどね、なんかベロベロに酔っ払ってセッションするよりもね、楽器弾いたり歌うたったりするよりもね、なんかすごく楽しいの。なんかウーロン茶なんか飲んでこう、要するにアルコール無しでジャムセッションなんかしてる方がね、だから演奏者はやっぱり酔っ払ってしまってはいけないんだなぁ、うーん。」

「なんの話だっけ、あぁそうね、女を口説くのにいいBGMがないかってアレだね、うーん、俺アレ好きなんだよアニタ・ベイカーの、なんだっけ、ラプチャーwwもうアレだめもう。勃っちゃうもう。」

母が亡くなった時に感じたこと

「俺もねぇ、あのねぇ、おふくろがねー、あの死んだ時ね感じた、のよ。だからおふくろが死んであの、うん、うちのおふくろ60で死んだんだけど、えー、荼毘に付して灰になったうん、おふくろと位牌を抱いてね、そういう時ね、うん、まぁ肉親を自分で亡くしたのはまぁ人生始めてだったんですけどもねぇ、なーんかなんにも変わらねぇなぁっていう風に思ったんだよね俺ねぇ、うーん、これほど重大な事が起きたのに、なんか時間はただ流れてるなぁっていうかねぇ、えぇ、そういう感覚が、なんか、そういう感覚が味わえたのはなんかすごい貴重に思えましたねぇ。

「ルイマール監督、あのー、これあれですってねぇ、あのマイルス・デイビスはまぁ全編吹いてるんですけど、あのー、出来あがったその映画のそのなんていうの、ラッシュみたいなのをこう見ながらね、マイルスその横に立ちながらアドリブで、絵を見ながらこう吹いてったらしいですけどね、あのー、ルイマール監督の、おなじルイマール監督の映画でジャンヌ・モローがやっぱり出てるので、鬼火っていう映画もね、凄く好きだったけどね、向こうの人って結構太っ腹だよね、向こうの人の映画の撮影の人たちって、あのー、道こう歩くシーンなんかでさ、ガラス窓があるじゃない、そこをずぅーと主人公が横切るっていうか道を歩く時に大体あの、カメラなんかがみんな写っちゃってるのね、ガラスに、そんなの大失敗じゃない、普通。切るじゃない、もう平気で使ってるからね、そういうの。」

死刑台のエレベーター / Miles Davis

「でもねぇ、ほんとあの福島。ケロケロさん、いつもいい文章くれるけど福島の方でね、浪江町とか双葉とかありふれた日常をね、生活を命をですよ、原発事故で奪われた人達がたくさんいるわけじゃないですか、ねぇ、ほんで、なんだっけ、その福島の復興なくして日本の復興はないと言われて久しいけどさぁ、ねぇ、あの、まぁ時間は止まったままというか、中々動く気配すらないような状況がずぅーと続いてますよねぇ。」

アランフェス協奏曲 / Miles Davis

桑田さんのありふれた日常について

「人に言うほどのもんじゃないんですけどねぇ、いつも退屈してますねぇ、あたしはねぇ、えぇ。なんかね、あの、多動っていうの?動きすぎっていうの?多動気味ですね、退屈して、なーんか座ってても落ち着かなくてねぇ、1分と同じ場所に居ないことが多いんです、なーんかね、テレビ見てもなんか満足がいかなくて、なんか庭に出てみたりね、全然その整合性のない動きをしてます。あっ俺はもしかしたら、なんていうの、言葉があってるかどうかわからないけど、多動と呼ばれるヤツじゃないのかなとか思ったりもします。まぁ朝金魚にね、朝金魚に餌やることだけはマメにやってんですアレ。でクロちゃんというトイプードルを抱いて、えぇ、朝メシを食って、睡眠薬飲んで寝ます。以上です。最近あの、本はねぇ、俺本はあまり読まないんですけどねぇ、なんだっけなぁ、アレみてるんだ、角田光代さんって僕大好きなんですけど、角田光代さん、かなたの子っていうまぁ短篇集みたなの見てる。すごく読むの遅いの俺。えぇ。だから読んでるんだけど、中々中身について端的に説明うまくできないってのは悔しいんですけど、角田光代は好きなんだよねぇ。」

日本の音楽界について

「でもさぁ、やっぱりあのノーベル賞はよくわかんないけど、誰が決めてるのかわかんないけど、あのアカデミー賞だとか、あのグラミー賞なんかはホントに70代、60代のそのアーティストにあげるじゃない、ね、いい作品を、ホントにいい作品として認めてちゃんとこうリスペクトするとか、敬意を表すじゃない、あーいうのすごくフェアでいいよね。ほら今、山下達郎さんのアルバムがさぁ、売れてんのよ、ベスト盤がね、オーパス。うん、たしかにいいアルバムですよ。それで、あの人ももう60近いわけよ、でなんか、1位に返り咲いて竹内まりやの記録を抜いたなんて、夫婦で仲良く何やってんだって感じなんですけど、まぁそれで、いい話だなぁって思ったんですけど、達郎さんおめでとうございます。達郎さんもさぁ60とかだし、還暦だっていうんで、びっくりしたんですけど、もうそう人が増えるわけですよ、日本の音楽界も、であの、矢沢さんだってさ、40周年でしょ、こないだ、いい話ですよね。だって60過ぎてまでさぁロックをさぁ、ね、ロックでもポップでもやってられるっていうか、そういうのって、そういう時代が来るとオレ思ってなかったしね。ユーミンさんだって今年40周年?おめでとうございますですよ、んで、ありがとうございますっていう気がするの、やっぱり。ユーミンとか達郎とかさぁ、やっぱりが、なんだろ、通してくれた道を我々は行ってるわけよ、コレ。そういう部分でね、なんかもうちょっとこうパァーッとさぁ、セレブレーションっていうか、お祝いとかできないのかね、日本の音楽界をあげて、そういうなんかイベントでもいいんだけど、パーティーでもいいんだけど、ユーミンだってさ、ユーミンですよ、やっぱ歴史上、彼女を超えるシンガー・ソングライターっていうの、女性のね、あーいうアイコンはでないのよ、もう。よくさぁあの日本人のその、こうその特性としてさぁ、、亡くなった人をこう急に上げ奉るっていう習性はあるじゃない、亡くなる直前はなんか、悪口いったりいろんな事してるんだけど、亡くなった途端になんかこう、上げ奉るみたいなのがクセがあるんだけど、やっぱり生きている内になんかこう、やっぱり、大セレブレーションするっていうかね、うん。そういうをやればいいのになぁ、じゃあお前がやれよって言われるかもしれないけどさぁ。やっぱり日本の音楽シーンを押し上げてくれたやっぱ第1人者、達郎さんでありさぁ、矢沢さんでありね、ユーミンさんであり、それが60歳になったり、40周年迎えるわけだ。じゃあ今度ユーミン特集やりましょう。」

Round Midnight / Miles Davis

枯葉 / ナット・キング・コール

10月13日ラジオ【ゲスト角田俊介・斎藤誠】

11:15分から聴いたので前半抜けてます。

角田俊介・斉藤誠ゲスト【ライブの中間報告】
・リスナーとの生電話が多い。
・生放送

100万年の幸せ!! / 桑田佳祐

曲紹介で「みんなで踊る100万年の幸せ!!」←ワーワー周りが止める

先日のラジオで斉藤誠が観客の手拍子についてのコメントについて

「これでもさぁ、ほんとあの、わからない方いると思うんだけど、ホラ会場が大きくなったりするとさぁ、ディレイがかかるんだよね。ね、僕らが出した音がスピーカーから出て、これ距離が遠いと、ほらその音を聞くのに、ほらかみなりと一緒だよ。ね、それでその手拍子が遅れて聞こえてくると僕等、これ聞いちゃうと演奏やっててアレ!?ってことになるんだっちゅうことをまこっちゃんが言ってたんだよね。いやいや、たまにねその誠ちゃんは・・・(番組中に金原さんからメール)」

番組中に桑田さんへ届いた金原さんからのメール

「桑田さんこんばんワン
おすすめ頂いたファミリーツリー、近所のビデオで見つけたので借りてきたので見ようと思います。

エディット・ピアフがすごーく見たかったのになかったのです。アマゾンで買っちゃう。

ところで福井の映像を見て思ったのですが、ユーミンのくだりの私の(ワーワー止められる)大丈夫なんでしょうか?ストックさばきをもう少し(ワーワー止めに)少しわかりやすくふったほうが良いと反省してます。ヘタくそにもほどがある歌の方向性が大丈夫なのか少々悩んでおります。まぁ上手くは歌えないですけど、皆様をもっと楽しませるテクニックご伝授ください。

P.S. 演奏の反省もちゃんとしているのでどうぞご心配なさらずに
ちーぼーより」

「ほんと金原さんっていうのはね、アレなんです。金原さんありがとね、あとでちゃんとメールしますけど。」

「金原千恵子さんいいね。金原さんは、あの人男らしいじゃないですか。男気がありまりますよね。普段だって、東京でアレですよ、あのスタジオで会う時なんか僕らあの、あの人あの、彼女、金原千恵子ストリングスの、バンマスですよ、弦の人いっぱい連れてきてもう、そういう時の音に対するこう妥協のなさとかね、えぇ、まぁもちろん柔軟な対応とかノリの良さとかありますけどね。」

開演まえのSEは誰が選んでいるのか?

・選曲しているのはビクターのレコーディングディレクターのオオバさん

・桑田さんは関知してない。
「僕もねぇ、実は裏のほうで聞いたりとかしてるんですけどいい曲あるよね。」

CAFE BLEU / 桑田佳祐

「私もねー、2年前に倒れたじゃないですか、今回ツアーできることでね、ほんとにもうみなさんおかげなんですけどね、もうメンバー、スタッフ、お客さんのおかげなんですけどね、もう。あのーなんていうのかねー、あのー病気になったことにもね、なんか、こんな事言っちゃうとちょっとアレだけどさ、なんか病気に対してさえもこうちょっと感謝したいぐらいのね、なんか気持ちでやらせてなんか・・あんまりライブとかツアーとか好きじゃなかったのよ。うん。なんかね、なんかひとつこう、なんていうの、楽しくなったね、なんかね。元々ね、俺めんどくさがり屋だから、本番始まった頃はなんかもう飽きててね。なんかねwwリハやってて、なんか燃えてるわけリハん時、あんな事やろうこんな事やろう、本番が始まったと、なんかもうテンショんが、、へんな正直言ってごめんなさい。だけどね、なんか去年宮城ライブやった時かなぁ、ね田中あの、舞台監督の南谷さんが桑田が戻ってきたと、泣いててくれてたっていうんです、袖で、ねぇ、なんか俺もそういう一言を田中ちゃんから聞いてね、その南谷さんの涙の話なんか、なんかこうね、やっぱり楽しくなっちゃったというか、ありがたくなっちゃった。まぁそんな感じのツアーやらせていただいてる。まだまだ残ってますけどねぇ。」

新しいコーラスの二人について

「ふたりとも(コーラスの佐藤さんと竹沢さん)でもね、天才ですよ。シンガーとして、あの嘉風(よしのり)は非常にね、ま、よくライブとかやってます自分で。あのーファンの方もなんかもいるみたいですけども、あとこのアッコちゃんのほうね、竹沢の。あの素晴らしいです。彼女は、ヴォーカルとして。えぇ。」

今でも君を愛してる / 桑田佳祐

・角田俊介選曲。

生歌:Just Like A Woman / Bob Dylan

角田さんがベース

10月6日ラジオ

録音:10月3日

お題「秋だから、『月』にちなんだ歌を聴こうじゃないの!」

札幌のライブを振り返る

「お客さんがほんとにねぇ、あったかいし、素敵でねぇ。俺ねぇ、一日目、二日やったじゃない?ちょっと緊張する時あるんですよなんか。しどろもどろになるときは、いい歳こいてまだあってねぇ、であのぉ、そういう時って駄目ね。昔からねぇ、なんかこうアドリブで話じゃない?たとえば、そうするとスベるわけですよ。スベるとそれを取り返そうとしてまた、スベること言うんですよ。んでコーラスの竹沢さんなんてさぁ、「竹沢さんでございます、僕は竹沢さんに会うと前が硬くなります。」とかわけわかんないこといってw全然関係ないwオレなんで自分でそんなこといったかわかんないの。「次、バイオリンの金原さん、良いですね。一緒にお風呂に入りたい。」とかいうわけのわからないことをねぇ、なんかメンバー紹介で行ったりしちゃったりするんですけどねぇ、なんかそういうその言ってスベったばっかりの一言を挽回しようとしてまたつまんないことを言ってですねぇ、負のスパイラルに落ちていくっていうね、コレよくあるんですね、昔から。うちのアミューズの大里さんにバカにされて怒られたことあるんですけどねぇ。」

「オレもヘトヘトなんですよ。ヘトヘトってねぇ、疲れちゃってるんじゃなくてねぇ、なんかいい意味でね、こう、出しきる清々しさというかね、うーん。なんかすごく、メンバーなんかとこう、またこないだ久しぶりに飲んだんだけどさぁ、ライブ終わったあと。そのなんか気持ちよさっていうかね、お客さんに会えたこと一番大きいんだけどねぇ、なんかその充実感っていうのがねぇ、すごくうーん、美味しいものをね、いただいた感じがしましたよ、ほんとにね。お客さんのおかげだよなぁ、でもなぁ、スタッフもがんばってくれてるけども。」

「あたしアンケート用紙っていうのをね、各会場に配られるじゃないですか、それを一生懸命書いてくれてる方がいてね、感想だとかね、ほんとにあったかい言葉、うん、厳しい言葉ももちろんあるけどね、それをね、必ずあの、私あのホテルに帰って見させていただいてますんでね、どうぞ、あの想いのたけをアンケート用紙に書いてくださいね。

「でもね、これからも淡々とした気持ちで今のツアー続けると思いますけどね、ほんとメンバーもスタッフもお客さんもさ、なんか俺もみんなお互い、なんかね、なんかさ、なにかをつかんでボチボチいけそうだなぁみたいなね、気持ちになれるツアーなんだよね、なんかね。えぇ、まぁ5年ぶりっていうふうになってるんだけど、あの僕がツアーやるのは、そういうあのあれもある、僕は5年ぶりっていう感じは正直しないんですけどね、そのあいだ色々やってましたからね、うーん。なんかとにかくこうさぁ、毎日歌うたってるじゃない?毎日ってのはアレだけど、体の調子がまた良くなってきて、うん、喉とかね。それからなんかみんなでこうなんだろ、リズムに乗って行くとか、同じ時間をお客さんと共有していく、なんか顔があえば笑顔になるみたいなね、やっぱすごいね。身体や声が強くなってくるっていうかさ、なんかすごくありがたいです。うん。あとスタッフがね、とにかく物凄くもうガチっとね、やってくれてね、えぇ、最近イヤモニってしてるじゃないですか、耳にこうイヤモニ、私もやってるんですけどね、両耳にね、これをつけてくれる女の子がね、音声の子がいましてね、可愛い子なんですよぉーこの子が。うん。そうなんですよ。小柄の子なんだけど、僕のこう、背中ん中にイヤモニを掴んだまま、背中からこう、ズルズルズルっとこうね、俺の背中から突っ込むんですよ急に、ゾクっとするんだけど、思わず声が出ちゃうんですよねwアッwあーいうのいいですよね。予期せぬね、あの若い女に背中をズっとこうさ、シャツをたくし上げられてさ、耳にモノ入れられるなんてさ、あんまりないじゃない?だからアッーってw思わずのけぞってしまう。」

「そういえばアレだね、あのこないだダンサーの子達とかと、みんなで、札幌でね、飲みましたけど、みんないいね。札幌の2日目にダンサーのね、人たちとかみんなスタッフとかみんなで飲んだんです、テルさん。可愛いですよ、テルさん、もうみんなスタイルはいいし、品はいいし、うーん。みんな真面目にいろんなこと考えてくれてね、いい子達でね、『これどういう解釈であたしなんかやったらいいんでしょうか。』とかね、『あの桑田さんは、ここの曲に関して、私はこういう気持ちで、こういうあのポーズをしてるんですけど、どう思いますか?桑田さんの考え、どういう考えでこの曲作ったのか教えてくれませんか?』なんてね、嬉しくなるよ、一緒に仕事しててね。嬉しくなっちゃったりするんですけどね。えぇ」

ムーン・リバー / アンディ・ウィリアムス
Moon River / Andy Williams

・先日84歳でお亡くなりになった。

「いいですねぇ、このチクタッタッタッタってのがね、このビギンっていうんでしょうか、なんていうんでしょうかね。えっーちょっとこうラテンのリズムになってて、いい。うーん、昔人気あってねぇ、アンディ・ウィリアムスって僕らが小学校の頃ね、であの、まぁとにかく何度も来日してね、えぇアンディ・ウィリアムスショーっていうのを毎週見ていたんです。昔は多かったんですよね。音楽番組がね、あのーアメリカの音楽番組を日本で見られるっていうのが多くてね、そういう意味じゃすごく恵まれてたなと思うんですけどね。」

最近ハマっているDVD

「僕はねぇ、DVDBOXあっ!!と思ったのがねぇ、木下恵介っていうね、映画出身の方だったんですけどぉ、えーそれがこうテレビに木下恵介劇場っていうのが昔ありましてね、TBSでね、それでまぁ、番組の制作とか脚本を書いたりした有名な方なんですけどね。弟さんが音楽やっててね、この方のねぇ、えーDVDBOXを買ったんです。記念樹っていうです。記念樹っていうね1966年から67年にかけてらしんですけど、親のいない子供の施設がまぁ舞台になったお話でね。その東海道線沿いあたりがよく出てくるんです、だから僕なんかにはその、すごく茅ヶ崎だとか横浜だとか大船だとかね、そういう名前が出てきて、田村正和がまだ若い頃が、よく僕がよく立ち食いした、あの大船の駅の、今でもある大船軒ってそば屋があって、そこの店員の役で出てきたりしちゃうんだけど、で30分で一話完結なんですけどね。この主役の先生が綺麗な人でね、あの知りません?馬渕晴子さんっていうね、ねテルさんこの方が綺麗な方ですよねぇ、んでお芝居もほんとーに綺麗で上手くてね、お芝居が綺麗でね、それでねぇ、ちょっと調べたらあの、これ余計な話ですけど、馬渕晴子さんあの、日本で最初にヌードの撮影された方、それぐらいスタイルなんかもシュっとしてましてね、綺麗な方で、すばらしい女優さんで、それで園長先生もいてね、これが高杉早苗さんて方でね、これがまた素敵な方なんですよ、うーん。それで脚本は、山田太一さんとかさ、そういう人が書いてるんだけど、これねぇ、まぁ毎回毎回、オレが小学校の時のスタートのその頃ね、66年、67年当時、オレが小学校5年、6年の時だな。あの旬であった人が毎週出てきてね、その施設の子供達が植えたあの、記念樹っていうタイトルなんだけど、サクラの記念樹をね、なんていうかな、それにからめた話がこうね、あるんですよ。一話完結で、それでサクラの記念樹があるがために、こうまぁ前向きに生きていくっていう、なんかすごくいい話でねぇ、これに最近ハマっているんですけどねぇ、えぇ。是非ね、チャンスがあったら見ていただきたいなと思っております。」

月光仮面について

「これねぇ月光仮面。いい曲なの。」

「うちの親父がね、丁度あの茅ヶ崎で、映画館の支配人をやってましたけどね、昭和30年代はあの、たしかに、この月光仮面が流行りましてね、えぇ、こうサングラスして、バイクのってね、あの全身こう白づくめでなんか、包帯みたいの、なんか巻いてね、黄色のマフラーだったけな、うちの茅ヶ崎のあの便所臭い映画館でね、たばこのヤニ臭い映画館でね、あの学校の帰りに見てましたけど、あたしあの、えぇ、とにかく、ごっこ遊びですか、首からこう、ふろしきこう、必ず巻いてね、やったもんなんですけど、空き地でよく遊びましたね。色々。誰だっけな、大瀬康一さんだっけなぁ、結構流行ったんですけどね。知らないか田中っちは月光仮面すら。」

ボブ・シーガーについて

昔ベストヒットUSAで克也さんが「エルビス・コステロはボブ・シーガーはアメリカの裏庭だと言っています。もちろん表はスプリングスティーンです。アメリカでは絶大な人気を誇るボブ・シーガーです。」というコメントをしていたという投稿について

「ちょっとだからほら、なんていうだろ田舎っぽいっていうか、いなたいっていうかね、うん。克也さんなるほどね。80年代の初めの頃はね、あのね、もうねブルース・スプリングスティーンがとにかくすごーいもう流行ったんですよ。んでねぇ、みんなあのスタイルを真似してね、ブルース・スプリングスティーンのこのいかり肩のマッチョな振りして、誰とはいわないけど、日本人だって、みーんなあれで、当時を知っている人ならわかるでしょう、あのシンガーのあいつもこいつも肩いからせて、ね、ギター肩にかけてね、歌真似してたの憶えてるでしょ?俺駄目だったのよスプリングスティーンあんまり、代々木体育館も行きましたけど、えぇ。ビリー・ジョエル好きだったのとねぇ、あとこのボブ・シーガーのこの、田舎のなんかあの、馬の蹄の音が聴こえてきそうなねこの、なぜか好きだったんだよねぇ、馬のなんか飼葉の匂いがするようなボブ・シーガーになぜかハマッたんだよねぇ。80年台ってのは、まぁほんとに、もう随分遠のいてしまいましたけど、ブルース・スプリンスティーンがまぁね、とにかく、だからリバーみたいな曲が多かったよね、テルさんね、なにかっていうとね、(ギターリフ)多かったですけどね、バカな大人になりたくないぜみたないな歌詞が多かったんですけどね、バカな大人になっちゃったよちくしょう。聴いておけば良かったよ、ブルース・スプリングスティーンをね。」

フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン / フランク・シナトラ
Fly Me To The Moon / Frank Sinatra

夫婦について感じること

「でも夫婦ってのはねぇ、やっと最近わかってきたけどねぇ、上手いことはまるのに時間かかるね。こうガチャン、ガチャンってこう、上手いこう居場所がこう、うん、時間かかった気がするね。ある程度ね。なんかこうそれでね、最近ねやっぱりね、お互いのためにね、してやろうとかさ、なんか役にたとうみたいな事を、たまにこうね、、たまに思い出せばいいと思うしね、うちの話をしてるんだけどね、うちなんかもねぇ、昨日今日の夫婦じゃないからもうほんと情熱的な事とかねぇ、なんかそういう欲望の証とかあんまないんですけどねぇ、いうなよそんなことwwあのー、いつかね仕事でもいいし、なんか健康でもいいんだけどね、なんかこう、自分がこいつのためになんか一気呵成に出れる時はね、絶対にやってやろうと、うん、最早それぐらいしかできないなと、だから一気呵成かける時はね、うん、まぁ普段静かにこう淡々とした関係でいますけど、えぇ、淡々と向かいあってますけど、えぇ、もう俺の場合は音楽的な事だと思うけど、今度一気呵成に出るためのスイッチに手はかかってる。うーん。えぇそんなつもりでスタンバイしてる気はしますけどねぇ。」

桑田さんの休暇

「こないだね、あの箱根の、時々行くんですけど、あの仙石原という所にあのすすきヶ原がありまして、この旅館に行ってきましてね、でまぁ温泉入って、飯くって、DVDの映画一本見てね、マッサージ受けて帰ってくるだけなんですけどね。で、そこにこうバーがあってね、でその、バーから見える所にこう、人工の池がありまして、沼っていうのかな、で初夏の頃ですかね、初夏。モリアオガエルってのが人工の池に産卵するらしんですよ。お酒を飲みながらなんかこう、そんなモリアオガエルの産卵なんて風情のあるものをね、見れたらいいもんですよね。あと前も言いましたけど、この麦とろ飯屋がありましてね、上手いんですよ。じねんじょえん?っていう、良い家族がね、やってます。スキンヘッドのお父さんがやってますから。」

ムーンライト・イン・バーモント / エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング
Moonlight In Vermont / Ella Fitzgerald&Louis Armstrong

「私大好きな曲で。」

月について

「いやーあの、まぁ僕もね、ノンアルコールビールを飲みながらね、こう、たまに都内のビルの合間にヒョコっと顔を出したね、月に出くわしたりするときがあるじゃないですか。うん。別に月をみようとおもって屋上に上がったわけじゃないんだけど、アレってちょっと目があっちゃう時があるんですよ。えぇ。そうするときねぇ、なんかちょっとこう気まずいような気持ちになるっていうかねぇ、なんかあの、月ってなんかそういうとこないですか。アッいけない、なんかこう、うーん、見っかっちゃったみたいなね。えぇ。なんかあの、あとは、あの人もこの月みてるのかなぁなんて、そんな気になることはないですか。それでメール打ったりしない?田中っち。うん。田中っちの彼女に。」

「今年の7月、夏ですけど、鎌倉の材木座でサーフィンしてたんですよ。んで、人がいっぱいいてね、夜の7時ぐらいまでもう夢中だ56歳。したらこう、右側が、要するにそう西側か、こう夕焼けで真っ赤に染まってね、丁度東側が、こう要するに逗子側ね、月がボーンっと登ってきてですね、なかなかいいもんだなぁと思いましたけどねぇ。胸騒ぎのようなちょっと一種の興奮をもよおすんだよね、月の光ってのはね。なんか照れくさいって時もあるんですけどねぇ。

「龍ね、これ竜巻じゃないけど、ほんとこれ昔の人はこれみたらどうおもったんだろうなっていう、これを見たら昔の人は驚くよなぁっていうそういう自然現象の凄さとか美しさってありますよね。あたしの家が海の近くにあるんですけどね、んであのぉ、海の上にねぇ、たまに海の上に銀色っていうか、金色っていうかね絨毯のような光の帯を敷いた、敷き詰めたようなね、月がこう上空をゆっくりと時間をかけてね、移動するのをね、見てるのがすごく楽しいことがあるんですよコレ。んでもちろん波の音がね、ザァーとする中で、ゆっーくりなんだろなほんとに、夜遅くから明け方近くにかけて家の前を月が移動するの右から左へね、うーん。だからなんか波の音も虫の音もすごくいいんですけど、自分も含めて人間ってのはほんとなんか自然の一部なんだなぁってね、そういうことを一瞬感じる、うん、感じざるを得ない時がありましてね。えぇ、あたしなんか病気したじゃないですか、ね、だからかどうかわかんないけどねぇ、なんかね、なんかこの瞬間を生かされてるのかなぁなんて、しみじみね、またノンアルコールビールを飲みながら、えぇ、感じたりするときがあるんですよねぇ。自分が生きてる時間なんてね、ほんとにこの、この大自然というか、こうね、長ーい、この壮大な歴史の中では、ほんの一瞬かもしんないな、ちーさな、ほんとにちっぽけな物語なんだろうなぁなんてね、うーん。割りとそういう月はね、月は割りと色々考える時間をくれるんですよねぇ。」

月 / 桑田佳祐

「ちょうど1994年にねぇ、おふくろが死んでね、その頃作った曲なんだけど、どうやって作ったんだか、憶えてないのよ。だからなんか大抵曲ってのはなんか憶えてんだけどね、あーここに座って作ったなぁとかね、あーこういうコード進行にしようと思ってなんか作ったなぁとかね憶えてんだけどね、この曲だけあんまりよく憶えてないの。ただなんか夜中に目が覚めて、タッタッタッタと下に行ってあの自分のちっちゃな書斎に座ってなんか、テレコに吹き込んだことだけは憶えてんだけどね。ほんで明け方にさぁ、全然ちがう別の日に、明け方にあの起こされて、おふくろが死んだって聞いてしばらく気絶したのを憶えてんだけどねww気絶しちゃったの、まぁほんとこういうのも、こういうとアレだけども、あんまりこの手の曲はもう作れないのかなぁなんてね、渋い事考えてしまったりする事が時々あるんですよねぇ。えぇ。まぁ中々自分の中にね、こういうなんていうのかな感性があるとは思えないんですけどね、なんかだからおふくろにもらったのかもしれないけど。

生歌:月がとっても青いから / 菅原都々子

9月29日ラジオ【昭和のプロレスの話をしよう!】

録音

プロレスはショーなのか!?

・30年代から見てる。

「これねぇ、非常に深い問題というかねぇ、あの長い話しになっちゃうから、省きますけどね、しかし今アレだよね、ガチだとかさ、ヤオだとか、八百長とかいう言葉がありますけど、どうですか田中くん。あなたプロレス見たことあります?」
田中「当時中学校の時は。」
桑田さん「誰が出てたの?」
田中「蝶野さんとか、武藤さんとか、あの健介とか。」
桑田さん「佐々木健介とかね、なるほどなるほど、それを見てあなたはショーだと思いました?」
田中「いや、もう信じてました。」
桑田さん「信じてましたよね!?」
田中「半信半疑でした。」
桑田さん「半信半疑か。そうかそうかそうか。僕なんかはねぇ、ある意味そういう区別を知ったのは最近ですよ。僕なんか、ウブだかバカだか知らないけどね、僕なんかの頃はね、70年代ね、やっぱアントニオ猪木なんです。僕のマイ・フェイバリット・アスリートって言えば、アントニオ猪木、モハメッド・アリ、王貞治で、私はこんな体になったんです。えぇ、今ココにいるんですよ、えぇ。で、全員神様なんです。えぇ。それでそのアントニオ猪木がやっぱり、戦ったウィレム・ルスカとか、柔道王っていうのかな。ガチで強いと、うん、ルスカ、それとやって猪木強えぇなぁーって思ってて、俺あんまり喧嘩したことないから、こういう技使えばオレ勝てるかもしんないなとかね、色々なこと、試合みながらね、あと大木金太郎にこう何発も頭突きをくらいながら猪木が、猪木がくらってるだけじゃなくて、何発かくらった後ににさ、あの猪木の顔だよ、思い出してくれよ、流血しながら、おいキムイルよ、おい金太郎、ここに打ってこいってわざとさ、わざと打たせるわけよ、頭突きを、コレだよ。この発想というか、このセンスがね、キャー猪木かっこいいと思って、それで、調子に乗って意地になって、キムイルこと大木金太郎が頭突きを猪木に何発も一本足頭突きですよ、原爆頭突きですよ、その当時、原爆頭突きwwそれで何発もわざと技を受けた後に、右手のストレート、猪木、ね、(田中っちとやりとり)これで形成逆転、痛かった、ごめんね。もうとにかくですね、あとハリセン、アントニオ猪木とモハメッド・アリってさぁ、オレ両方とも神様だからぁ、戦われちゃあ、オレ困るわけですよ。そういう僕らの少年時代の同じような輩多かったと思うんだけどぉ、どっちが負けようが、勝とうがね、ほんとにその、非常に複雑な思いがしたね、あのアリ戦、猪木戦でしたけどね。今だからその、なんだその、さっきの話にもどっちゃうけど、ショーだなんだっていう事をいいますけど、ガチだ、ヤオだって事いいますけどね、そんな気持ちはなかった。もたない。とにかく人生を猪木に預けてたからオレは。モハメド・アリに。一本足の王貞治に。えぇ、大木金太郎にも。

「僕なんか、やっぱね、力道山ですよ、やっぱり最初僕らはね、こう空手チョップというのでね、体の大きな外人をさぁ、なぎ倒していくわけよ、まぁそれを見てほんとにスカッとした子供だったんですけどね、とにかくそのプロレスごっこ、ほんとに男は馬鹿だからさぁ、すべての男の子の中にプロレスラーがいたの。それでオレみたいにケンカの弱いのがやっぱりプロレスごっこやると元気になるわけだ。授業が終わって5分間休憩があるでしょ、休み時間が、みんな教室の後ろに集まって、みんなではじまるわけ、自分で四の字固めかけながら、自分で実況してんの。自分でかけながら、(実況)四の字固めは、ほら反対にひっくり返されると自分が痛いという、なんかアレがあるんですけど、(実況)わけわかんない、とにかくあの、あたしの頭ん中は、ほんと、この前も言いましたけど、大まかにいうと、プロレスとエロでできてますから、えぇ、東スポみたいなもんwww頭ん中がだいたい東スポと同じ構成でできてますんでねぇ、えぇ。いまだにっていうか、いまやんないけど、ついこないだまであの、訳あって酒辞めましたけど、ふとした病で、えぇ、酒を呑んでは50過ぎた大人が夜中に、路上でプロレスやってましたから、あたしもねwwwほんとに。」

ゆけ!!力道山 / サザンオールスターズ

国籍不明のレスラーがいた

「とにかく昔はねぇ国籍不明のレスラーなんていうのがいたからね、いやあやしいですけど、僕ら信じてたんだもん、あぁすごい国籍不明だと。たくさんいて、冷静に考えると、どうやってね、空港の税関パスしたかよくわかんないんですけど、えぇ、あと歯をさぁ、ヤスリでこう研いでいたフレッド・ブラッシーとかね、大変だったんだ、おばあちゃんが死んだんですよコレ、テレビ中継を見て、力道山の額に噛み付いたこのフレッド・ブラッシーが、ショック死で、えぇ、あとねぇ、サンフランシスコのあのゴールデンゲートブリッジ、相手をねぇハワに突き落としちゃった奴とかねぇ、キラー・コワルスキーじゃなくて誰だっけなぁ、凄いやつがいた。あとザ・マミーとかね、ミイラ男ですよwwだからパスポート見せろってのwwほんとに、あとアンドレ・ザ・ジャイアント凄いですよアレ、普通の人は歯が30なんですすって、アンドレは42本ww普通じゃないんですけどね、飛行機の中のビール全部飲んじゃったとか、アンドレは逸話ありますね。日本に来るとやっぱ機嫌が悪いんですってね、あの、みんなにこうみられて、うぁーアンドレだって言われて、非常にその繊細な人らしくてね、そういうこともあって、機嫌が悪いんだけど、唯一博多だけは機嫌が良いんですってね、なんかね、いやなんかね、アンドレだけに唯一本番させてくれるあのソープ嬢がいたらしくてww、唯一220何センチの、えぇ、博多に来るとアンドレ機嫌が良かったらしいですけど。」

大天才アントニオ猪木について

「だけどねぇ、猪木さんとかね、今なんか面白いおじさんになっちゃってるけどさぁ、猪木さん。やっぱりあの猪木さんという言い方悪いけど、あの稀代のペテン師。がいてね、やっぱり僕あの頃、あの人を見てね、この人こそキング・オブ・スポーツだと思ってたの。うん、やっぱり命をかけて、あの人ね、命をかけてプロレスの市民権を、こう死守しようとしてたという風に私はもちろん見えたし、あの人はアピールしてたし、私と会った時にもさぁ、もうあくまで猪木は猪木なんですよ。アントニオ猪木が目の前に存在するとやっぱりファンとして嬉しいっていうか、まぁ、ほんとに、綺麗に澄んだ目をしてね、猪木さん、なんかねぇ、遠くを見つめながら、『猪木さん、大丈夫ですか、猪木さん、あのシンにやられた時ね、お怪我大丈夫ですか?』あーびっくりしましたよーなんつってね、いきなり来やがってね、伊勢丹の前にいたらね、ほんとそういう話をするからさぁ、『ほんとですか?』ほんとですかっていう気にやっぱり、やっぱりそれがやっぱりそのフィクションじゃなくなる訳ですよ、だから夢をみせてくれる訳ですよ。うーん。でなんか猪木さんとか馬場さんもそうだけど、あの頃のプロレスラーってさぁ、駅の端から端にいてもって言い方がおかしいんだけど、ホームの端に立っててもさぁ、なんかわかるわけ、なんかいるぞみたいな、アゴ長いぞみたいとかね、あとね、いやにデカイ軍団がいるぞとかね、うーん、飲み屋にいてもね、馬場さんがいたりとかすると、もう大変、大騒ぎになったりするのこっちが、こっちのグループが、ねぇ、とにかくまぁますます猪木さんや馬場さんの大ファンになっていくんですけどぉ、お会いするもう度に、やっぱりなんていうの、嘘と誠っていっちゃああれだけど、嘘か誠かわかんない、であの清濁併せ呑むという考えかたをね、やっぱりこの人、ほんとに、稀代のペテン師って言っちゃあ申し訳ないけど、大天才だと思うのよ、猪木さんがね。

移民の歌 / レッド・ツェッペリン

「これねぇ80年台の終わりの、新日本プロレスで、あのブルーザー・ブロディってのがあの鎖振り回してね、突然現れたんですよ。あの会場の電気がボーンと消えて、それで猪木と相対した時のテーマ曲、ツェッペリン使っちゃったの。えぇ。」

ボボ・ブラジル

「しかしねぇ、俺、ボボ・ブラジルまぁこう体でかくてねぇ、黒人でね、んでねぇあのねココバットっていう、頭突きですよ。石頭でね、でその馬場との有名な試合があってね、馬場のそのココバットを防御するっていうその飛び上がって馬場に頭突きをするんですよ、で、もう、すぐ馬場はやられちゃうんですよね、これをなんとかせにゃいかんというんで、そのね、馬場何度もやられるんですけどね、さっきの猪木の話じゃないけど、どうしたと思う?防ぐのに。あのね、馬場は凄い。だから解説者がね、さすが馬場のインサイドワークは凄いですねなんてつったけどねぇ、あの頭突きがこうくるでしょ、馬場はねぇ右の拳と左の拳をこう、持ってきて、重ねてwwこのうえにあの要するに拳の上にこう、クッション作ってボボ・ブラジルにあのココバットさせてね、ボボ・ブラジルもおい、なんで効かないんだ、おかしいぞこれはみたいなね、なんで俺の最強のココバットが効かねぇんだよみたいな、それでこう凄いですねってことになって、馬場勝つんですよこの試合は。次の試合はボボ・ブラジルもやっぱりその頭突きでココバットだすともう馬場余裕ですよ。もう両手を自分のおでこに当ててココバットを防ぐんですけど、悠々とね、でもそれ何回もやってるうちにボボ・ブラジル気付くんですよ、ハッと。待てよと、俺はこんな、これで帰れないぞ、と馬場の側頭部がガラ空きじゃないwwwテンプルがら空きじゃねぇかと、これに気づいちゃうわけなんすよ、それでココバットを馬場の側頭部、テンプル辺りに叩き込んだの。そうしたら馬場が今度KO負け。これ凄いでしょ。うーん。それでボボ・ブラジルが勝って、もう一回やったのかな。まぁリターンマッチですね、今度馬場どうしたと思います?wwwあの片手をおでこ、片手をテンプルwwwこれでまぁココバットを完全に封殺した、まぁそういったのどかな時代もあったわけなんですけどね。」

プロレスの面白さ

スタン・ハンセン知ってますよね。得意技ウエスタン・ラリアットね。よくさぁ、プロレスの事をあんまり興味ないヤツはさぁ、こう見ててバック・ドロップをくらったりさぁ、テレビでみてて、スタン・ハンセンのウエスタン・ラリアットをくらったの見てさぁ、『わぁー痛そー』とか言うのよ。あれは痛そーじゃないんですよね、あれはねぇ痛みじゃなくてね、凄みとしてね解釈しなくちゃいけない、まぁそれはどうでもいいんですけどね。いやまぁとにかくいろんな形があって面白いのがプロレスなんです。

古館伊知郎の力

「あのブルーザー・ブロディとか刺されて亡くなったんです、デカイ、僕1番好きな外人レスラーですけどね、さっきの移民の歌でまぁ鎖振り回して出てくるんですけど、インテリジェントモンスターってやっぱ、まだ古舘さんがね、そういう名前をつけたと思うんだけども。古舘伊知郎さんがいなかったら、猪木だろうが、タイガーマスクだろうが、やっぱりね、駄目だったと思うんだよね。やっぱりあの、なんていうんでしょうね、あのプロレスラーは最後はやっぱり古舘伊知郎のパペットになっていたような、それぐらい古舘さんのそのボキャブラリーというかね、やっぱりストーリテラーの力というかね、あれに持ってかれた部分が、もう猪木は感謝してると思うんだ古舘さんに。うん。まぁそれで一度ね、猪木がこうブロディのフロントキックを受けた時ね、ブロディってなんかねぇあの、フワフワ毛のついた長靴みたいの履いてんの、それがねぇなんかねぇ、スポッと脱げちゃったの。んでブロディは靴下になっちゃったのwww片足だけ、カッコ悪いでしょ、んで、なんか猪木は長靴もったまま立ったような棒立ちになった形になっちゃって、ちょっと呆然とリングに両者立ち尽くしてねぇ、一瞬気まずい時間が流れたんですよね、それでブロディ、なんかハッと気づいて、プライドが高いんでしょうね。怒っちゃって、暴れちゃってww猪木をなんか、猪木さんはなんかごめんなさいねみたいな、気をつけるねみたいな、そんな雰囲気、態度が丸見えになっちゃってね、なんかすごく恥ずかしい猪木を見たことあるんですけどね、」

猪木の魅力

「馬場さんはやっぱりあの、世界のジャイアント馬場でしたからねぇ、一方猪木さんはやっぱりなかなか経済的には苦しかったという話を聞いてね、でまた、その、いわゆるプロレスのそのなんていうんですか、メインストリームの人間関係はみんな馬場が持ってるから、なかなか猪木さんの手の中にはないわけですよ、だから新間さんとかいろんな人とこう考えに考えあれしたわけでしょ、異種格闘技戦ていうの、うん、アリだとか、ルスカだとか、だからないところから絞りだすそのパワーとかね、志だとかっていうのをやっぱり感じたなぁ猪木には。それが好きだったなぁ。でも馬場が振込じゃカッコ悪いと思うよ。うん。」

Jigsaw / Sky High

前田日明について

「鶴田最強説ってありましたけどね、そうそうたしかにそうなんですよ、もうね、もうフィジカルは1番強いと、うん、並みいるプロレスラーの中で、残念ながらお亡くなりになっちゃったけど。前田は偉いと思うよ俺。未だになんか格闘技の世界にいて、アウトローとか、アウトサイダーというかやばいの。ワル集めてねぇ、それなりに筋通してるじゃないすかあの人は。だから僕はやっぱりあの前田さんていうのは筋通すんだと思うんですね、うん、ちょっと意固地になりやすいと思うだけど、多分。昔ねぇ、俺いなかったんだけど、ハウンドドッグの鮫島かなぁ、俺同い年なんだど、会った時に桑田、桑田、昨日大変でさぁ、今日朝までさぁって、『どうしたの?』ってつったら、六本木までさっきまで呑んでてさ、レッド・ウォーリアーズとかいろんなのがいたの昔は、80年代、レッド・ウォーリアーズってバンドいたでしょ、ダイヤモンド・ユカイ。ユカイがいたかどうか知らないけど、ちょっとケンカになっちゃってね、前田さんがレッド・ウォーリアーズの誰かがなんか酔っ払って口説いたら突き飛ばしたの、それで店が騒然となっちゃって、ほんで前田は申し訳なかったと、俺が悪かったと、でそこにあっあ、目の前にあったボトルで自分の頭かち割った、余計怖いでしょ、余計みんなビビってね、流血して、悪かったなぁ、これで許してくれよっていって、ちょうど店の、西麻布のとこにあるバーですよ、朝までやってる、出て目の前すぐバス停で血だらけで並んでたらしいバスまって、そのまま早朝のバスのって帰ったらしい。凄かったよね。」

「だから、前田ってやっぱりそう前田の人生観っていうかさぁなんかあれなんだよな、筋通すっていうかホラ、アンドレ・ザ・ジャイアントとのセメントマッチっていうのがあってさぁ、テレビで放送できなかったヤツがあるんですよ。今Youtubeとかそういうのか、なんかで見れるんじゃないですか、とにかく前田日明生意気だっていうでさぁ、知りませんよよく。多分新日のプロレスがあいつイテマエと、でアンドレちょっと可愛がって頂戴って風にやって、アンドレが最初からもう、プロレスじゃなくて、なんかこうごっつい肘打ちとかね、プロレスの技じゃないやつを前田にこうね、前田はプロレスやろうとしてるんですよ、うん、であの、アンドレがちょっと結構危険な技を繰り出すなんていう回が、ちょっと様子がおかしいっていうことになってきて、不穏な不穏地雷ですよね、前田が今度アンドレの膝のなんか1番蹴っちゃいけないとこあるわけでしょ、膝の裏というか、えぇ、これ蹴り始めて、アンドレがドーンと倒れて、まぁ試合放棄のような形になったんだけど、一体なんなんだコレはってことになって、猪木まで出てきちゃって、首にタオル巻いて、もうなんかだから、放送はできなかったとおもいますよ、あれは。うーん。だからそういう所を、とにかく勝気な筋を通す人生観、前田は偉いと思う。

プロレスに期待すること

「だけど、ねぇほんとね、なんだろうな俺、やっぱりあの昭和のプロレスしてるけど、ガチンコの試合っていうかさぁ、最近の、PRIDEとかそういうのもあったけど、やっぱあーいうのもなんか結局駄目になっちゃった訳じゃないですか、でやっぱあの殺伐とした試合っていうのはね、夢がないっていうかね、アレこう、どっちが強いかっていうね、最低目ん玉ついちゃいけないとかさぁ、噛み付いちゃいけないっていう最低のルールだけ決めて殴りあったりさぁ、首絞めたりするじゃない?アレはやっぱりねぇ、見てて飽きるんだなぁ、俺だけじゃないと思うんだけど、だからそのへんが難しいと思うんだけど、なんか新しい格闘技っていうかさぁ、新しいプロレスが出てこないかなぁって実は未だに私期待してるんですけどねぇ、うーん。まぁとにかく猪木の衰退というか、ほら肉体的にも、なんか組織的にもさぁ、アントニオ猪木の衰退と共に日本のプロレスってやっぱり崩壊してね、終わりが始まったと思うんだけど、それがなんかこう段々殺伐とした方向に行っちゃったりさぁ、あれはちょっと、ほら小川がさぁ、橋本に、不穏なこうね、やっちゃいけないことを、あーいうのはさぁ、あんま見たくないっていうかね、うーん。だからといって、そのなんだろ、プロレスはアートだなんていってるなんかちょっと小物プロレスラーがいたけど、そーいうんでもないしね、プロレスってね、やっぱり5秒間以内、5秒以内は反則OKとかね、そういうなんていうのかなかぁ、あのいわゆる一般社会にありえないなにか、なにかこうグレーゾーンみたいなものを持ってるわけですよ。さっきの猪木さんじゃないけど、清濁併せ呑むみたいな、だからあーいう摩訶不思議なグレーゾーンみたいなものがちょっとあることがね、ほんとは誰が強いんだろうって想像することが強いんであってね、強いヤツを決める、本気で決めるものを見たくないんだよなぁ、なんかそういうふうに思うんですけどねぇ。

桑田佳祐のベストバウト

「ベストバウトはねぇ、やっぱりあの70年代だねぇ、猪木対ストロング小林ってのがあってね、プロレスってのはやっぱり日本人対外人だったんです、大体、力道山の昔から、ところがこれ、ほぼ日本人対決で、しかも猪木もストロング小林もこれ、団体の長なんですよ、団体のトップ、ね、だからそれがガチだとかどうかって話じゃないの。とにかくそこに上がるストロング小林の勇気とかね、男気とか、それを受ける猪木のね、人間性とかって惚れるわけだよぉ。あとはやっぱり猪木対ウィレム・ルスカ、さっきもいいましたけど、柔道、うーん、このウィレム・ルスカってホントに強かったらしくて、いろんな用心棒とか色々やってたらしんですけど、これで僕大人になっったね、このウィレム・ルスカと猪木のこの柔道のあの帯をこうぎゅーっとこう猪木が倒れたルスカの帯をひっぱりあげて、プロレス技ですよ、バック・ドロップ3連発でTKOする。コレ見てね、やっぱり俺もやろうって思ったもん。俺もやろうってプロレスラーじゃなくて、なんていうの俺がんばるぞーって思ったもん。猪木ありがとうって思ってね。俺もがんばるよって思えた試合、それからやっぱりモハメド・アリでしょ、それから話は戻っちゃうけど大木金太郎wwwまぁ全部猪木絡みだけどねぇ、他にも色々あったけどねぇ、あとあのねぇ前田日明なんかが出てきた時ね、UWFってのが出てきたの。リングスとかそういうのにこう発展してって、ちょっとなんかこう従来のプロレスと違ってロープに飛ばないとかさぁ、そういうのが始まるんですよ、そっからなんかイデオロギー闘争とか、また古舘さんが名付けたんでしょうけど、観に行ったもん。あの5対5イルミネーション・マッチとか。うん。前田組、前田をトップとするUWFチームと、猪木をトップとする5対5。うーん。行きましてねぇ、楽屋に行きましてね、猪木さんに挨拶に行ったの。楽屋はもちろんUWFとは別ですよ、うん、だから坂口なんて体でかくて、裸でさぁ、俺の顔睨むんだぁ、なんだよこいつ?みたいな顔して、本番前に入って来やがってとか、そういう人じゃないですよ、坂口さんは。それで入口であの、星野がケンカしてるしねぇ、なんかスタッフを怒鳴ってたの。星野勘太郎、まぁどーもすいませんとか、猪木さんはなんかこう泰然自若としててね、おっーなんつって、来たんですかぁ?あれ来る楽屋が違うんじゃないですか?なにいってんですか、猪木さん頑張ってください今日なんていって花束渡してね、うん。まぁそんなこんなんがあったんだけど。」

組長こと藤原喜明

「UWFに藤原喜明っていたんだよ。組長。この人のねぇ、この藤原喜明という人の助演男優としての上手さね、アキレス腱固めとか、脇固めとかうん、好きだったねぇ、大した派手な技じゃないんだけど、やっぱりその道場の鬼といわれる藤原喜明のこの凄み、魅力。猪木ともよくこう、猪木きっと与し易しだったんでしょうね、この藤原がうん。一応藤原の方がもちろん猪木の弟子なんだけど。1番良かったのがねぇ、アレ、アキレス腱固めを、これでギブアップしちゃうんだけど普通は、ところが藤原喜明が猪木に、師匠にアキレス腱固めをかけるとどうなったと思う?猪木が、猪木ね、ニンマリ笑うの、それでね、『おい、藤原、方向が違う方向が、逆だ逆だ、こっちだこっちだ』ってねそこでコーチ始めちゃうの。いや凄いっていうかもう、このへんのさやっぱり役者ぶり、うん役者としてのね主演男優賞と助演男優賞のね、からみがまぁ興奮したね、それをちゃーんと藤原喜明も、ちゃんと仕事するというか、あんな人はいないね。うん。やっぱタイガー・ジェットシンだって、ウィレム・ルスカだってほんとにすごいプロレスラーだったんだよ、うん、あの実力はもちろんあるしね、だからやっぱりそのプロレスって、ほら、やっぱプロなんですよ。うん、面白いか面白くないか、四方にお客の目線があってね、一カメ、ニカメ、三カメあって、テレビ入ってさぁ、そこでやっぱり、いい仕事するっていうか、相手を勝たせるとか、ね、そこで自分のいい所を出すとか、なんかね、今のなんかこう現実主義とはまた違うね、うーん、バーチャルとかドラマとは言い方の違うね、グレーなものがね、グワッとあってね、僕は好きだったんだなぁ。

「いまだにプロレスごっこなんてやってみたいなって思うんですけどね。」

「すごいよ猪木って、ダブルジョイントつって、関節が普通の人と違うんだ。うん、そうなんだよ、だから普通に腕ひしぎ逆十字かけられても関節が二重関節っていうので、決まらないですよ、技も。こういうグレーゾーンが大事なんです。」