月別アーカイブ: 2014年5月

5月24日ラジオ【ゲスト:宮治淳一パート2】

Good Vibration/The Beach Boys 宮治選曲
宮治さんはジャパンジャムのステージに中国人の格好をしてドラ持って出た。
会場は4,000人ぐらいだったらしい。海兵隊とかアメリカ人に受けるラインナップだった。

Up,Up And Away/The Fifth Dimension 桑田選曲
映画は日曜洋画劇場、音楽はミュージックフェアから影響を受けた。
邦題:ビートでジャンプ。
茅ヶ崎は音楽的にいうと歴史があった。
加山雄三の前に川上音二郎の別邸があったり山田耕筰が住んでいたり
別荘文化に東京から着た人達が移り住んできて、その人達ようのレコード屋さんがあったりした。
お金持ちだし、垢抜けた発想の人達が住んでいて一般的に伝わったのが加山雄三がはじめて。

Venus/Shocking Blue 宮治選曲
この曲もホテル・パシフィックのジュークボックスがボーリング場のよこにあった。
20円で1曲。50円で3曲。ジュークボックスの弾けるような重厚な音が好きだった。
お金がないので大学生なんかがかけていて浴びるように聞いていた。5回に1回。
これとマッシュ・マッカーンとかクリーデンスクリアウォーターリバイバルとか。
ギターを弾くきっかけにもなった曲。

Don’t Pull Your Love/Hamilton,Joe Frank And Reynolds 桑田選曲
邦題:恋のかけひき
僕らにとってはほんといい曲
当時青春がなんかつまらなくなりがちだったのがね、この曲聴いてなんか頑張ろうと思った人も多いんじゃないかな。

Southern Man/Neil Young 宮治選曲
宮治さんは茅ヶ崎で金、土、日だけ音楽ライブラリーを開いている。
ブランディンというお店。
サザンオールスターズのサザンはここからきている。
サザンっていう響きが良かった。
当時人気があったファニア・オールスターズと。
デビューするちょっとする前に原宿にあったビクター・ピアザビルで偶然桑田さんと会った。

Kodachrome/Paul Simon 桑田選曲
邦題:僕のコダクローム

Have You Ever Loved A Woman/Eric Clapton 宮治選曲
1976年頃サザンとして活動しはじめたころ桑田さんが歌っていた曲。
何回聴いたかわかんない、クラプトンがちょっと元気になった時に出したレコードだと思うんですけど、ちょっと歪んだエクスプローラーを弾いているんですけど、もうひとりギターがいるんですよね、ジョージ・テイリーっていうのが。フェンダーのツインリバーブなんかであんまり歪んでなくて、完全に師匠と弟子の関係がはっきりしてて、このフレーズ弾いてみなという感じでチャバラバ、チャバラバって弾くとジョージ・テイリーははじめはついていくんだけど、途中つっかえたりするんですよ。それで申し訳ありませんでした。だろ?みたいな感じなの、これほどわかりやすい素晴らしいレコードなんですけども。
やってたね。クラプトンね。宮治が主催するロックンロールセンターで。

Messin’ With The Kid/Junior Wells 桑田選曲

Hungry Heart/Bruce Springsteen 宮治選曲
桑田さんと聴きたい曲。
ある日突然の夜、桑田さんがゴリラにのっていて家に来た。新聞屋から払い下げのカブにのって
夜のドライブに行った。
その時に辻堂のリトル・ジョージズにシングル盤もっていた。
メキシコ人みたいなリトル・ジョージ。ちっちゃいおっちゃんと3人で初めて聴いた曲、すぐ一緒に歌えた。

Blue Suede Shoes/John Lennon&Plastic Ono Band
これと宮治くんが僕の命を救ってくれた。
宮治くんのお陰ではじめて公(おおやけ)で歌った曲。共学の鎌倉高校。桑田さんは男子校。
はじめて人前で歌うことになった。鎌倉高校の文化祭。

5月17日ラジオ【ゲスト宮治淳一】

宮治淳一さんとは
・サザンオールスターズの名付け親
・旧友 中学時代野球部が同じ
・ビルボードのチャートを教室の後ろで書いていた
・彼に影響を受けて音楽が好きになった。
・桑田さんにレコードを借りた。(姉がビートルズのLPを持っていた。)
・茅ヶ崎の第一中学校
・楽しく気ままに育った。
・音楽マニア
・姉が家で音楽が鳴っていたのを聴いていた。
・小学校6年のときには音楽の世界で働くと思っていた。
・萩原健太とは大学生の同級生

Massachusetts/Bee Gees 宮治選曲
・一球目から外角にフォーク。でもいい曲(宮治)
・小学生にとっては向こうの風景が浮かぶ(宮治)
・変な声をしてる。(宮治)
・大好き(桑田)
・中学時代に土曜日にビートポップスをみていた(桑田)
・当時はMVがないからレコードがまわっているとこを映していた。

Valleri/The Monkees 桑田選曲
・すてきなバレリ
・モンキーズショー

サザンオールスターズの名づけについてのエピソード
宮治「ひとことでいえば大学時代に茅ヶ崎方面でやっていた、藤沢でやってた、藤沢青少年会館で定期的にやってた地元のバンドのコンサートの時に、あの桑田さんが新しいバンドを作ったっていうんだけど、まだバンドの名前がないっていうから、あの勝手につけちゃったわけですね。」
桑田「宮治くんが全部企画してこうリーダーなんです。その湘南ロックンロールセンターっていう。」
宮治「でね、あのー電話したらですね、ご自宅に、お母さんがでてですね、最近佳祐帰ってきてませんっていって。それじゃしょうがないなって。あの当時ぴあに何月何日までに投かんすれば、載せてくれたんですよ。コンサートの。で、その時バンドの名前が書いてないと、でそれで、苦し紛れに、他のバンドに名前があるのに、まさかね、桑田くんのニューバンドじゃね、まぁ一応プロっぽい名前をつけようとゆうことで、たまたま閃いたですね、ニールヤングのサザンマンと、ファニアオールスターズのオールスターズを繋げて、それを40年近くお使いになっていただいているんですからねぇ、命名者冥利につきますね。」
桑田「いやでもねぇ、だってこれを超える名前がなかったのよ。」
宮治「じゃあ一応替えようとおもったんだ。」
桑田「一回変えたんだよ。一回さぁサザンオールスターズはもうアマチュアの時だから、プロになるんだったら替えようってパロディハウスって変えたの。」
宮治「それがなんかプロっぽいかなぁ。」
桑田「で、うちの高垣さんが最高だっていうのよ。ひとり。高垣さんが喜んじゃって。パロディハウスを。いい。お前センスがあるとかいって。でもね、なんかその周りの人間がみんな大反対して、メンバーも大反対したんで、サザンオールスターズにやっぱり戻したの。」
宮治「じゃあ瞬間的に変わっていたことがあるんですね。」
桑田「ほんと一日だけですよ。」
宮治「一日だけ(笑)それじゃ誰も知らないですね。よかった。もしそれをみんながいいね、いいねつったらですね、私ここで今日でてないかもしれないですね。パロディハウスにバンド名をもっていかれた男としてね。」
桑田「そうですよ、だからホントありがたいことでね。」

Caravan/The Ventures 宮治選曲
・小学校の頃衝撃をうけたのがエレキ(宮治)
・なにがよかったってインストだから小学生にわかりやすかった。
・茅ヶ崎の雰囲気にあっているような気がした。ベンチャーズが茅ヶ崎にきた。
・パークで全盛期の加山さんとランチャーズがきて見に行った。

夕陽は赤く/加山雄三 桑田選曲
・素晴らしい。いつ聴いてもこの曲はいいと思う。クラシック。(宮治)
・日本のビートルズだよね、この人はね(桑田)
・だって And I Love her を下敷きにしているんでしょ、でもね、今聴くとこっちのほうがいいんじゃないかと思うもんね(宮治)

My Sweet Lord/George Harrison 宮治選曲
・ちやまの店着日の夕方にいって買い、あまりに嬉しくて次の日学校にもっていって、有志で、桑田さんとあと数人で音楽室のプレイヤーで長い曲なんですけど2回続けて聴いたんですよ。大音量で。それほんとにこの曲はいまきくとそれをいつきいても思い出す。その光景が。(宮治)
・いや、僕もね、この曲を聞くと、なんていうのかな、宮治とのなんか青春を ほんとにあの頃を、甘酸っぱぁく思い出すんですけども。(桑田)
・フィルスペクターですね。
・中3で5,000円だった。3枚組。
・ジョージがビートルズを最初に飛び出した。
・ジョンレノンのマザーは宮治に聞かせてもらってやんなったもん。中3にはヘビーだった。

Junk/Paul McCartney 桑田選曲
・このレコードが変えなかった。奇跡的に桑田さんがもっていた。
・ウェディングアルバムかこっちにしようか迷っていた。
・よく電話をした。家近いのに、電話でレコードを聞かせてもらっていた。
・当時は一通話7円。

What’s Going On/Marvin Gaye 宮治選曲
昔ながらのポップスだけではなく、背伸びした音楽だった。
ビートルズがなくなっちゃった喪失感
高校ではピンクフロイドとか、イエス、ツェッペリンとか頭抱えた。
ロックでなければ音楽ではない状況だった。

オレを人前に出してくれたのも宮治。
鎌倉高校(県立のいい高校、共学)にこないっていわれて
自分は坊さんの学校で男子高で絶望していた。
高校3年の秋に学園祭に出ない?っていわれて急遽バンド作って
コミックバンドみたいだったけど、企画してくれてた。
湘南ロックンロールセンターの前。
マネー。こんな声量の大きな人ひさびさだった。
力づくで歌うしかなかった、女の子がいて興奮した。

Midnight Train To Georgia/Gladys Knight&The Pips 桑田選曲
夜汽車よジョージアへ。

電話で8時間話していた。
それだけ楽しいし、宮治と話していると前向きになれる。
長々としゃっべっていた。
半分以上はレコードかけていた。

Gladys Knight&The Pips/Crosby,Stills,Nash&Young 宮治選曲

Silence Is Golden/The Tremeloes 桑田選曲
沈黙は金
僕はいまだにこの曲が好き。小学校6年にもどりたいときがよくある象徴的な曲。
前向きになれる、そんな時代。

5月10日ラジオ【80年代特集】

バック・トゥ・ザ・エイティーズ

■近況
レコーディングが一段落
10何曲ぐらい作った
今日リズム録りが終わった。
今週は忙しかった。弦・ストリングス、ブラスをかぶせたり。ダビングしていた。
これから歌詞を作って、歌を入れる。
今レコーディングしているのは機械的にテンポを直すのを意識的にできるだけやめてみた。

Livin’ On A Prayer/Bon Jovi

TheCars/Drive

Don’t Dream It’s Over/Crowded House
・今週特集やることにやったきっかけの曲
・海外ドラマのスマッシュの中でカバーされている。
・バンド名が思い出せなかった。

愛のハーモニー/ディオンヌ&フレンズ
That’s What Friends Are For/Dionnd&freinds

Hearts/Marty Balin
・嘉門雄三名義で歌ったことがある。
・ベストヒットUSAで受けた影響は大きい
・小林克也がいなければ、ロックやポップが根付かなかった。

C’est La Vie/Robbie Nevil

Addicted To Love/Robert Palmer

Everybody Wants To Rule The World/Tears For Fears

Don’t You Want Me/The Human League
・選曲は藤原さん。

Walking On Sunshine/Katrina&The Waves

The Riddle/Nik Kershaw

Allentown/Billy Joel
・このアルバム(ナイロンカーテン)に影響を受けた
・1982年に発売されて、ちょっと硬派なサウンドもそうなんだけど、歌詞もビリージョエルは
ちょっと硬派なことをやってみたナイロンカーテンに非常にショックを受けましてね。
・それでカマクラとか人気者でいこうというアルバムでちょっと真似して書いたことも今おもうと無理があったなと思う所もある。
・インダストリーなノイズから一曲目が始まる。
・イントロから歌になったときにテンポがぐっ落ちる。

生歌 シンディ・ローパー
Time After Time/Cyndi Lauper

5月3日ラジオ

5月3日ラジオ

近況
レコーディング
もうなにをやっているかわからなくなっている。

MyForeplayMusic/サザンオールスターズ

アルバム全曲聴きコーナー
LED ZEPPELIN II/LED ZEPPELIN

あなただけを/サザンオールスターズ

一曲入魂コーナー
グレッチェン・パーラト/Holding Back the Years

生歌コーナー
ジョンレノン/イマジン
桑田さんによる日本語意訳

4月26日ラジオ【音楽講座】

お題:ティーチャー桑田の音楽講座

■近況
・レコーディングしていた。
・京都にいっていた。

■レコーディングに煮詰まるとはどういうことか
「来る日も来る日もですよ、えぇー、日がな一日同じ環境でね、えぇ、同じメンツで同じ曲の同じ部分を一日中、日がな一日のたりのたりと、なんども聴いて、家に帰ってまた聴いて、うーん、夢にまでに見て飛びおきて、うーん、なんかそれでスタジオに行くのすごく嫌になる状態をね、レコーディングに煮詰まるというんですけどね。えぇ。職場放棄するんです(笑)僕は好きなんですけどね、レコーディングがね。それでもやっぱりさすがに気分転換が必要な状態ですかね。もちろんメンバーもいますけど、いないときもあって、ほとんど私と、エンジニアの中山くんと、曽我くんていう素晴らしいオペレーターとね、キーボードィストだ、アレンジャー。それと金井くんていうアシスタント、まだ25,6歳ですよ。うーん。4人で。」

■昨今のレコーディングについて
「あのねぇ、今はね、なに、レコーディングやっててもね。ごめんなさい、ライブの話なのに、レコーディングの話になっちゃって。あのー、今コンピューターがあってやるじゃないですか。で、こう1番と2番のとこ、1番のたとえば、ここんとこに、アーアーアーとか、なんか三声コーラスなんか入れたとするじゃないですか、そしたら2番の同じ使い回しできるところにさ、中山くんなんつって。エンジニアの。中山くん。ビクターの。叩いといてとかいうんですよ。だからその夢のない話ですけど、このコーラスを使い回し、カット&ペーストっていうの、わかんないけど、なんかそんな叩いといてとかって、いつのまにかいってる自分がやですねぇ、ほんとににねぇ、場所によってはちょっとこう尺を伸ばしたりね、機械的に。うーん、だからそういうことできる、トリミング、盆栽のようにできるわけなんですけど、私も含めて、そんなことをね、やっぱり、そんなことにこう、なんか労を費やしているようだから、昨今の音楽人がだめなんですよ。イエローマン。反省を込めて。」

イエローマン~星の王子様~/サザンオールスターズ

■ライブについて
「だからとにかくね、やっぱりねライブなんかはほんと、あのちょっと声がでないとかね、ちょいと間違えちゃったとか、そういうことが、なんか面白さっていうか、醍醐味っていうか、そういうことももっとあっていいんじゃないかってね、ちょっと反省してるんですけどね、あたしもね。」

■ビートルズのメンバーと共演するならどのメンバー?
・私の人生においてポールがいたから生きている、生かされているとおもってやまない。
・ビートルズはビートルズ、ポールがビートルズなわけどもジョンがビートルズだったわけでもない。
・もっとウイングスの曲をやってほしい
・レットイットビーからロング・アンド・ワインディング・ロードのメドレーはやめてほしい。
・ヘイジュード歌われたくないみたいなファン心理があってね。

■日本の音楽界について
・日本の音楽界は絶好調ではないと思う。
・どちらかというと迷走しているような気が自分自身も含めて。
・名曲がないといわれるが、きっとどこかにあると思うんだけど。それを世の中に押し出すアイデアや気概みたいなようなものがなにか足りないような気がする。
・自分で黄色人種のくせにっていう。なにかその身の丈にあわない曲調や音楽性はやらないで、歳のせいかもしれない。
黄色人種として、日本人として身の丈にあったものをひたすらやりたいと最近は思う。自虐的にいっているんですけど。
・最近はなんか僕はちょっととらえどころがない。
・カラオケで点数競う番組がきらい。あれはやり方としてきらい。
・音楽番組もときどきみるけど、音がぺらぺらなのがなおんあいなと思っていた。MCのはいいのに、歌になるとバランスが悪い。

■どのような聞かれた方をされたいか
・別にどんな聞かれ方でもオレはいいんだけどねぇ。
・あの自分が逆の立場だったらっていうか、かつていかに好きな曲を手っ取り早く、安い値段で自分の手元におくかということでね、がんばっていた、普請していた時期があったわけですよ、だけど、いまこういう立場になると、自分の作った歌詞だとかさ、あの歌詞カードなんかを見てほしいなとかさ、演奏者のリストなんかもちょっとある程度見てほしいな参考にしてほしいなとかさ、あとアルバムの曲順はあたしの決めた曲順で聴いてほしいなとかっていう、そういう儚い想いはありますけどね、うーん、ただやっぱりどこでどう聴かれようとしょうがない、かまわないし、もう昔の価値観と私自身違うんだなという風には思う。

それ行け!!ベイビー/桑田佳祐

■ライブ前の客入れテープ
・AAAだと桑田さんが候補曲として漏れた曲を流していた。
・去年のライブは桑田さんが選んだ、海で聞きたい曲に足して。

鎌倉物語/サザンオールスターズ

■曲のつくりかたについて
音楽という生業は説明しにくい。
レコーディングやライブのリハーサルの映像
音楽は絵になりにくい。
ここですごいだというところが説明しにくいし、拾いにくいだろうなっていう風に思う。

■アレンジについて
ディランは才能のなせるわざ。
「私はライブですっかりアレンジ変えてしまうようなことはお客さんが愕然と、前やったことあんの、なんかの曲を。そしたらお客さんがつまらなそーな顔をして、あっオレは向いてないんだと。うん。オレはディランにはなれないんだとおもって、すっかりいい子になってしまいました。」

一曲入魂コーナー
サン・シスコ/ビーチ

「あの、でもね、勝手にシンドバットね、そう、恋のバカンスをイメージしたっていうのはあるんですね。でね、シンドバット作ったのは’77年なんですけど、あのサザンがデビューする前で、ラテン歌謡みたいなヒット曲が流行ってなくてね、古臭いものだったんだけど、なんとなく僕その当時リトル・フィートとかロックが好きだったけど、一曲だけなんかこう、なんていうのかな夏の茅ヶ崎海水浴場のスピーカーからこう流れるね、恋のバカンスとかちょっと思い出しながら、砂に消えた涙とかね、思い出しながら、あのなんていうんですか、海岸、海水浴場のざわめきとか、独特の湿り気とか風景をね、こうなんかイメージして’60年代の夏の喧噪をね、作ろうと思って。

生歌
風に吹かれて/ボブ・ディラン 日本語訳
意訳して歌ってみた。なんか不滅な言葉というか、同じようなことを繰り返しながら人間は50年も100年も生きている。
過去を振り替えつつ仲良く未来を作ろうよっていう歌をディラン様は歌っているんだと。