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11月22日ラジオ【アフター・ザ・ビートルズ特集】

録音

サザンも年越しライブのリハーサルが始まる。
レコーディングもしている。

解散以降のソロワークス

解散後のビートルズのそれぞれのソロの活動をしょうしてアフター・ザ・ビートルズっていってた時があった。

・僕はビートルズが大好きなんだけれど、リアルタイムではきいてない。
・好きになったら、自分でビートルズを探り当てて追及していこうと思ったらビートルズはもうフラッフラな状態で解散したよって聞いて悲しい思いをしたことがある。。
・解散後のビートルズが僕の音楽人生、主に洋楽人生のはじまりだった。
・1972年が解散だからそれ以降。

Mother/John Lennon

このアルバム、この曲を最初にきいたときには非常に落胆した。中学3年の時。
このアルバムはとにかくストイックな贅肉をそぎ落としたようなアルバムでね。歌詞の悲痛な叫びに腰を抜かした。こんなはずじゃない、ジョンはもっと甘くて、がに股に開いてリッケンバッカーのギターを持ってね、ビートルズのステージの1番右端でね、雄々しく、せつなくね、髪の毛振り乱してね、あのジョン・レノンと思ったら、この頃は風貌もスタイルもすっかり変わっておりまして。

Another Day/Paul McCartney

・これが出て安心したのを覚えている。あまりモノをしらない軟弱な音楽ファンな私はそう思った記憶があります。
・いま聴くとすごい曲ですねぇ。あのマッカートニーはやっぱりすごい音楽のことよくわかっていると思うし、バンドのアンサンブルとかね、そういうことをすごく自分で、自分で楽器ができるから、ドラムもベースもキーボードもギターもうまいから。今は普通だけど、自分で多重録音やっちゃって、オーバーダブしたり、当時、ピンポンしたり、非常に凝ったサウンドができて、今聴いてもちょっと摩訶不思議っていうか、えぇ。ビートルズは後期から変拍子みたいものをよく使うっていうか、この曲なんかも、4分の4拍子があったかと思うと、4分の3や5があったりっていうね。とにかくそういう耳できいても30歳に満たないビートルズの面々はすごいことをやってます。

My Sweet Lord/George Harrison

この曲は中学3年の時にはじめてラジオから聴こえてきた時にいや本当に未来は明るいと思った。中学3年で勉強もほんとやる気がなくて、実は高校も行きたくなくて、おまけにビートルズ解散したっていうことが、どれだけ精神的にショックだったかということがありまして。

ジョージハリスンはビートルズの時は曲作らせてもらえなかった。自分も才能があるんだけど、やっぱりジョン・レノンという親玉が個性強い。もう喧嘩も強い。口もうまい。ポールはバリバリ。馬場と猪木、長嶋と王ですよ。これの影に隠れているからそんじょそこらの自分の才能では太刀打ちできないんだけど、まぁ解散がジョージにとってはなんかひとつの大きな転機というか。えぇ。光があたったもんですよ、皮肉にも。

ジョンとポールの影に隠れて、今ひとつ花がなかった。声量もないんです。でもいい曲書くんだということがわかったんです。解散間際に。その声量のなさというものをですね、ポールはすごいじゃないですか、いろんな声が出る、なんでも弾けるし、ジョンはカリスマだし、狂気みたいなものがあるし、知的だし。ジョージハリスンは、デラニー・アンド・ボニーというグループと解散間際に、ビートルズがバラバラの時代にお付き合いでできてきて、それまで内弁慶だった末っ子がなんかこう、兄貴達からちょっと手を離れて近所のガキ大将と遊ぶようになったんですよ。それがデラニー・アンド・ボニーだったりね、近所のおじちゃんおばちゃん。音楽教えてくれる。エリック・クラプトン。近所のギター上手いのが、一緒に遊んでくれて、そういうのと一緒にやっているうちになんだ、フィルスペクターっていうのもいるんですけど、その人に教わったこのビッグサウンドっていうんですか、ブラスがいて、弦がいて、生ギター5本ぐらい重ねて、みんなでコーラスうわっといくと、声量のないお前でも意外と派手な曲ができるよっていって作ったのが多分、多分なんですけど(笑)この曲だと思うんですけど。

それでサウンドを手にいれて、いろんな付き合いができていって、スライドギターですよ。このジョージ・ハリスンのスライドギター。ギター下手なんですよ、あの人。はっきりいって。当時はねジミ・ヘンドリックスとか、あのー、エリック・クラプトンとかアルヴィン・リーとかみんなすごく速弾きで、ぐわっとすごいロックギタリストがいっぱいでてきたんですよ。でジョージハリスンは太刀打ちできないとおもってスライドギターを、上手いんですよ。であのスライドギターを多重録音をして、同じフレーズを弾くんですよ、重ねるんですよ。そうすることによってちょっと不思議なあのぉ芳しい色っぽい世界がね、サウンドを手に入れたジョージハリスンは凄かった。

Jealous Guy/John Lennon

いま聴くと不思議なサウンドでございまして、ピアノ、ドラム、ベースはわかるんですけど、最初からウァーっと、いわゆる白玉ってやつが入ってて、なんだろコレ、オルガンかぁとかいろんなこと、まぁいくつかの楽器が入っているのかもしれないですけども、なんか消し残りみたいなのもあるんじゃないかと思う、メロトロンみたいな音がするとか、フルートの音がしたり、ブラスの音がしたり、弦の音がしたり、いわゆるテープがいっぱい入っていると思いますけど、とにかくこの頃の音源ってのは今聴くと宝の山のようにね、不思議なことが行われいるし、僕ではちょっと解析できないんですけども、いいですよね。ちょっと間違えてたりね、えぇそれがすごくうっとりしちゃうんですけど。

この頃ね、ジョン・レノンとポール・マッカートニーは仲が悪かったんですよ。不思議ですよねぇ。この頃だからねぇ、同じグループにいて、あれほど絆が固かった、一枚岩だったと思えた人達がね、公然と喧嘩を始めるっていうのを目の当たりにしたんです。今、あんまりないですよね、だからほんと炎上しちゃっているわけ。ジョンがさぁ、マッカートニーのことをさぁ、かあちゃんに言われてお前は飛び上がって喜んでいるだけだろみたいな歌詞を書く、なんかそういう喧嘩で。今でいうガチなのか、プロレスなのか、プロレス的だったら面白いと思うんですけど、なんかそういうのもちょっと嫌だったけど楽しかったみたいな。とにかくですね、LET IT BEという映画が、日本にきたのはアレかなぁ1969年か、70年だと思うんですけど、ドキュメンタリーで、あのジョンとポールとジョージがなんか、ジョンはもうオノ・ヨーコと一緒になって別の世界にいっちゃっているみたいだし、ポールとジョージは有名なシーンがありますけど、喧嘩しちゃうしね、だからそういうほら、いわゆるガチな世界をですよ、あとそういうタブーみたいなものをビートルズは映しちゃうし、レコードの中で歌っちゃうし、さきほどのそうだ、ジェラスガイなんていう曲もポールの悪口じゃないけど、僕は嫉妬深い男だと、傷つけちゃってごめんね、そんなつもりじゃなかったんだっていう歌詞なんだけど、だから70年代ってはそういう時代なんですよね。60年代はわりとさぁタブーはダメよだったじゃないですか。音楽やっている人間が政治にモノ申すとか、そういったことを始まったのが60年代後期で、特にビートルズがね、ベトナム戦争にイギリスも加担したってことを抗議して、勲章をもらったんですけど、それをわざわざ抗議の意味で返還するんですよ。だからそのどっかの国のね、褒章をもらって喜んでいるやついるじゃないですか。えぇ、アレとは大違いで、私のことですけど。軟なミュージシャンも私のようにいます。とにかく僕が影響を受けたのはそういったその、ガチの人間の汚いところとか、それをどんどんあからさまに露出していくとか、その変がすごく影響うけたし、ビートルズの偉大な部分の一つだと思うんですよ。

さきほどの勲章はMBEだそうです。これをね、まぁ返還してしまったり、するところもですね、やっぱりビートルズ頭ひとつふたつ、とにかく先いっているわけなんですよ、その辺がねぇ、ちょっと行き過ぎちゃってついていけなかったりするのがジョン・レノンだったり、まぁ今ジョン・レノンのアルバムとかを聴くとねぇ、ポールもそうなんですけど、いやぁほんと宝の山でねぇ、あのおこがましいけど、同業者としてね、非常におこがましいけどさぁ、えぇ、こんな面白いことを当時のあの、今みたいにコンピューターなんかない、デジタルなんかない状況の中でね、こんな苦労してんのとか、そういうことが一枚のレコードから私なんかよく聴いて楽しむんですけどね、スタジオで、エンジニアの中山くんなんかと。

Live and Let Die/Paul MaCartne&Wings
死ぬのは奴らだ

007の主題歌でございまして、1973,4年ぐらいかな。マッカートニーがもうなんていうんですか、いろんなこう呪縛が解けてですね、ちょっと元気がなかった時期があるんですけど、マッカートニーちょっと似合わないことやったりとかですね、迷った時期があると思ったんですけども、でもマッカートニーはだんだんもう、ヒットメーカーとしてのね、本領を発揮し始めたもう、真っ只中が死ぬのは奴らだあたりなんですけどね。

ジョージハリスンがだからクラプトンに電話してね、よぉエリックと、曲作ったんだけど、ちょっと弾いてくれないかなぁ、いいよ。誰の曲だい?誰が歌うんだい?いやビートルズなんだよって、えぇ?って思ったらしんですけども、その頃はまぁ1968年だったんだけど、メンバーもうみんな仲が悪いんだけど、クラプトンいわく、クラプトンの本で見たんだけど、あのクラプトンが行ったらみんな一応外面は良かったと書いてありましたよ。ビートルズの人の子だったいうことだけども、ホワイルマイギタージェントリーウィープスでいいよ、俺の曲だからおまえ弾いてくれよクラプトンといってね、弾いちゃったのが、不朽の名作、不朽のソロであります、ホワイルマイギタージェントリーウィープス。あのでもねクラプトンは友達が多いじゃないですか、才能もあるし、人柄もいいと思うんですよ。絶対いいんですよ。それからやっぱりね、ハンサム。これがやっぱり仲良くしておいたほうが後々いいんじゃないかとね。

What Is Life/George Harrison

It Don’t Come Easy/Ringo Starr
明日への願い

とにかくあの、ジョージハリスンはビートルズのポール・マッカートニー以外のメンバーと上手く付き合っていって、ジョージとリンゴとジョンは仲がいいんですよ。ポールだけがちょっとビジネス上の問題なんかで、ずぅーと解散してしばらくは仲が悪いとされていましてね。

Mind Games/John Lennon
マインドゲームス

Tomorrow/Wings

僕が世界一好きなラムっていうアルバムの次に出たウイングスワイルドライフっていう奥様のリンダと作ったバンドがあって、それの中のトゥモローっていう曲なんですが、なんかチープなアルバムだなぁ、聴くところあんまりねぇなぁと思っていたんですけど、いま俺1番好きかもしれない、で、僕もデビューして36年経って、いろいろレコーディングとか経験したり、時代も変わりましたでしょ、でいろんな音楽を聞かせてもらって、あらためてこのウイングスのワイルドライフっていうアルバムを聴くとね、まぁなんていう傑作だろうというかね、ポールってそういうのが多いんですよ。なにやってんだろこの人って、ジョンレノンとまた別の意味で、わりと辟易していた、そういう時代があった、いちファンとしてのマッカートニーなんですけど。今聴くととにかく名曲、というかまぁあの今的な、現代を予感させるような曲がいっぱいはいっています。

僕は1番好きなアルバムはね、最初の3枚なんですよ。ポールの、マッカトニー、チェリーアルバムっていうあのさくらんぼをつぶしてある黒と白と赤のジャケットのやつ、これがもう死ぬほど好きで、出た当時は駄作と言われたんですけど、それからその次にでたラムっていうのがね、これが結構売れたんですけども、これをもう人生で1番聴いたアルバムがラムで。その次に出たのがウイングスのワイルドライフで、個人的にはその時代ガクっときたんですけど、今聴くとすげーやっていうか、まさに宝の山でございまして。


 

Give Me Love/George Harrison
ギブミーマイラブ
変拍子っぽくて好き。
1番好きな曲これなのよ。
まぁなんて素敵なんでしょうと思いました。

ビートルズが解散して露頭に迷っていた私のような、遅れてきたビートルズファンというのがいましてですね、世の中1969年、70年ぐらいになるとですね、あれなんですよ、ビートルズなんか全然人気がなかったんです。当時はねピンク・フロイドとか、プログレッシブロックとかキング・クリムゾンとか、レッド・ツェッペリンが、あのちょうど1970年かなぁ、あのニュー・ミュージカル・エクスプレスっていう雑誌なんかの人気投票でね、イギリスの絶対王者のビートルズが陥落したんですよ。1位から2位に。そんなこと生きててありえなかったんですけど、あっちゃったわけよ。おれらの回りのクラスの半分ぐらいの高校生は聴いてた、桑田も聴かなきゃだめだよ、ニューロックをよぉなんていわれてね、無理やり聴いたんですけど、当時2千円だしてですよ。アルバムが。LPっていったんですけど、2千円出しておもいっきり買わなきゃなんないんですよ。お小遣い3千円だったから、ほんでねぇ、イエスの危機っていうの買ったんですけど、わけわかんないんですよぉ、アルバム4曲ぐらいしか入ってないし。

時代もね、シンセサイザーが入ってきたり、今でいうトラックの数が増えてきたりとかですね、そのテクノロジー的にも、発想的にもこうどんどん広がっていって、ハードロック、ニューロック、プログレッシブロック、そしてシンガーソングライターとか、そういういろんなジャンルが、まぁいまほどではないんだけど、多様化していったその、多様化する中からね、なんかビートルズ以外に自分がチョイスしなくちゃいけないっていうのが、すごくなんだろ切なかったし、面倒臭かったしね、重荷だった時期があるんだけど、ビートルズは解散後もがんばってきた。ポール・マッカートニーは72歳になったいまもワールドツアーをやっている。こんなありがたいことは実はなくて。