月別アーカイブ: 2015年8月

8月15日ラジオ

サザンリクエストパート3:録音

YOU
前この番組で言いましたよね、今回の葡萄のツアーでね、1曲目にやろうかと思っていたけどやめたんだよねって言いましたけど、実際練習してたんです。で、あのぉ、1日目と2日目はね、まぁよくやりがちなあれなんですけど、メニューを変えて、いま”ある曲”をやっているんですけども、その曲とてれんこでやろうと。1日目はコレ、2日目はYOUみたいな、やろうと思っていたんだけど、やっぱりねぇ、そのいまやってる曲の方がテンションが高くてですねぇ、このYOUを1曲目にすると、前もやったよね、っていう雰囲気になってくるんでねぇ、もう1曲に絞りました。不思議なもんでございます、ライブというものはね。

女呼んでブギ
これはデビューアルバムに入っているんですけども、デビューする前から学生時代から、まぁあちこちで、我々やってましてね、そして中野サンプラザで、EastWest’77っていうね、大会があったんですよ、アマチュアのね、それを見ていてくれたのが、いろんな方いまして、細野さんとか、細野晴臣さんとか、上田正樹さんとか、渋谷陽一さんとか、もういろんな方、お歴々が見て頂いててて、すごい審査員だったんですよ、斎藤ノブさんとか、えぇ。それで、たいしてすごくないビクターの高垣さんが、我々をひろってくれて(笑)ちょっとレコードだすつもりあるのぉ?とかって言われてねぇ、まぁそれから拾って育ててもらったんですよね。

まぁこの頃シャッフルが多かったですねぇ、曲作ると、なんていうんでしょうねぇ、あのシャッフルってズンズタッカ、ズンズタッカってね、この普通の8ビートの曲はあんまりなかなか僕作れなかったんですけど、これなんかでもね、キーがDなんですけど、女呼んでブギ。それでもちろんAメロがDだし、こういう進行で、またサビがイェー、ベイベーってこの辺ちょっとねぇ、時代を感じるんですよ。イェー、Dで。ルートのコード弾きながら、C#m7ってね、音があの、このコード僕選んでるんですけど、なんだろね、やっぱこの頃、フュージョンっていったかは憶えてないけど、ちょっとね、こうジャズ崩れみたいなものが、ラリー・カールトンだとか、リー・リトナーとかね、クルセイダースとか、なんかちょっとこうテンション使ったり、ジャズのようなそういう一連の流れがあって、それに憧れていたんです私も、サザンオールスターズも、えぇ、それでなんとなく、いまだったらこんなコード進行、絶対使えないなっていうかね、よくこんなこと思いついたなっていうような、逆にね、感心してしまうんですけどね。

忘れられたBIG WAVE
あの、稲村ジェーンという映画を作った時に、ちょうど達郎さんもその時ね、ビッグ・ウェイブっていう、なんか、イタリアかなんかの監督の映画をね、達郎さん音楽だけ担当されてたんですけど、それをね、達郎さんと逢ってその話を聞いて、要するになにが言いたいかっていうと、達郎さんのオマージュです。えぇ。達郎さんがよく一人でアカペラをやられているんですけど、えぇ、僕もこれをそれをちょっとやってみたっていう、クリック聴きながらですから、達郎さんよりも簡単な条件でやってますし、ベースはできなかったんでで、ボンボンって口ベースはサンプリングです。達郎さんはそんな事しません。

それでまぁコレ達郎さんのオマージュみたいな気持ちで作ってね、一人で録音してってですね、ヤシロくんって方が色々、音録ってくれたんですけど、キーボードの。達郎さんのマンション行きまして、まりやちゃんももちろん結婚していらっしゃいまして、聴いてもらったんです。できちゃったこんなの。ちょっとこわくてね、達郎さんだから。ほんで、いいじゃんよくできてるよなんて言われたのを憶えているんですけど、うーん、でもまりやちゃんかな、達郎さんかな、あのやっぱすごいなと思ったの、あっ、このベースはあれね、打ち込みねって、言ってないのにね、わかっちゃってね、それで(笑)バレなきゃいうつもりなかったんですけどwすぐ見破られましたけどね。えぇ、ファルセットきれいだねぇとかいって、あっでもベースは打ち込みだねって、あ、悪いことできないなぁって思ってましたけどね。

ワイングラスに消えた恋
これ実はですねぇ、今回の葡萄のアルバムの中で、オケはもしかしたら1番最初にできていたのかもしれないんですが、実はこれ僕が歌う予定の曲だったんですね。それで、僕が歌うってことはキーが男キーなんです。いまコレ原さんCmで歌ってますけど、Gmで歌ってたんで、でもう島健さんにお願いしてね、いつもの島健さんにお願いして、あのブラスとかストリングスとかシンセで入ってたんですよ。それでまぁアレンジを女性用に原坊用にこうまた書きなおしてもらわなきゃいけなくて、そうなってくるとフレーズとかやっぱり、生楽器の関係状変わってくるんですね、あの出ない音とか出てきちゃうんで、それでねぇ、まぁ島さん色々こう考えてくださって、ご苦労なさってくれてねぇ、また色々プラス弦を書きなおして頂いたんですけど、でもこれちょっとCmに書きなおしたら、このトランペットはまず出ないんじゃないかっていう音があったんですよ、コレ結構キツイかもしれないけどなぁっていって、チビちゃん、西村さん来たらね、すぐパァッーって出ましたけど、笑いました。散々っぱらね、申し訳ないな、出なかったらね、まぁ島さん自分で譜面書いておいて、ほんとに、僕キー変えてくれっていったからいけないんですけど、えぇ、ほんとにね、素晴らしいミュージシャンがいて、ありがたいもんでございます。

青い空の心(No me? More no!)
サビとかね、マッカートニーなんかがちょっとこう出てきちゃうんですね、当時やっぱり洋楽いっぱい聴いていたしね、いま全然聴かない、ほんとにもうね、昔はレコードだとかFENとかね、全米TOP40とかね、茅ヶ崎から東京に通う車の中でね、そういうのがなんかこう血となり肉となりですね、曲のアイデアにつながっていったと、僕だけじゃなくメンバー全員そうだと思うんですけどもね、いろんな曲がね、合わさっちゃうのよ。あの、なんか具体的にこんな曲をやってみようってマネしてんじゃないんですよ。なんか沁み込んでいる事ってあるじゃないですか。意識しなくても、どっかね。うん。そっちに引っ張られちゃうっていうのがあるだなっていうのをいますごく感じますけどね、イントロね、ほとんど野口五郎と同じものがあった。コレ当時脂汗書いたことあるんですけどね、これいっちゃだめですよ。野口五郎さんのなんの曲かちょっと僕タイトルはわかんないんですけどね。

Moon Light Lover

天国オン・ザ・ビーチ
まぁ発作的にこういう曲をなんか作るんですよね、そんなにこう狙ってやるとこだと面白くないんですけど、なんかこうわさわさやっているうちにね、なんか出来てくる曲っていうのは意外と面白いんですよ。ちょっと卑猥な曲作ろうとか、面白い曲作ろうとかね、かっこいい曲作ってやろうと思ってね、狙ってやってもね、あんまりできないんですよねぇ。

希望の轍
まぁほんとに曲が化けるっていうのかなぁ、自分があんまり意図しないことで、あの、この曲をね、狙ってヒット曲にしてやろうとかって、もちろん思ってないわけで。あの、映画を作っている時に、ミゼットがこう走るシーンでね、曲を作ろうってそれだけの動機で作り始めた曲なんですけども。まぁまさかというか、結構皆さんに可愛がってもらってね。ライブなんかでもさ、よく歌って盛り上がるって、そういう風に曲がどんどんこうおかげさまで化けていくっていうのは、これはほんとに幸せな事だし、えぇ、それにしても狙って作った曲もあるんですよ。私、あのさもしいから結構(笑)君こそスターだとかね、色々ね、狙って作った曲あるんですけどね、どうもよくねぇな、狙ったもんは。そんな偉そうなもんじゃないんです、やっぱりねぇ。狙いどおりいったものはないかもしれないですね。やっぱりねぇ、たまたまできるんですよ、作品とか、仕事だってなんかそうでしょ、ね、ウケてやろうと思ってさ、世の中甘くないもんねぇ、私なんかそれを音楽で知るわけなんでございますけども。

LOVE AFFAIR~秘密のデート~
この曲私、好きですよ。これライブで歌っているときね、なんか私もね、心がどっかに飛んでいくんです。

夕方HOLD ON ME

ピースとハイライト

Oh!クラウディア

8月8日ラジオ

サザンリクエスト祭りPART2

ロックンロール・スーパーマン~Rock’n Roll Superman~
スライドギターを始めたのはジョージ・ハリスンの影響

勝手にシンドバッド
デビュー曲ですけど、いやぁすごくいいよねぇ。自分でいうのもなんだけど、でも、もう全然ね、これを超えようと思ってもね、無理なの。

みんなホントね、メンバーもさ、ほんとにいい演奏してるし、でもこれこの当時ね、まぁいろんな要素があったんです。アナログだったりね、16チャンネルしかなくて、もうピンポンして、レコーディング用語ですけど、パンチインとかね、いましませんけど、いろんな事をして、みんなで作ったんですけどね。ブラスアレンジは新田一郎さんですけど、なんでとにかくオレ、デジタルリマスターとかしてもやっぱりこの、アナログのまぁ、我々のね、昨今の音と比べても、すごく強いし、もちろんクリックとかない時代ですよこれ。ほんとに37年前、僕達はがんばっていたんだなって褒めてあげたいぐらいですけどね。いま超えられないんだもんなんか。

はっぴいえんど
えぇ、まぁ最新の曲と、デビュー曲を比べるとね、やっぱり色々違うわけでね、脂汗が出るのは新しい曲なんですね、なんなんですかねぇ、昔のやっぱりサザンはいいねぇなんて、今のサザンが悪いわけじゃないんですけど、なんかほんとにもうあの当時の事を再現しようと思ってもね、もちろん、その肉体的にも違うし、考え方とか色んな知恵とか、そのなんていうの、技術的な事もね、エンジニアリング的な事も違うんですけど、まぁ勝手にシンドバッドとかさっきの海とかね、いや良く出来ているんだなぁと思って、バンドっていいんだなぁってすごく思いますけどね。

Bye Bye My Love

わすれじのレイドバック
この頃ね、1980年でしょ。えぇーっとね、サザンでね、FIVE ROCK SHOWというね、シングルを毎月出そうと、でね、ホントは6枚出そうと思ったんですけど、1曲コケまして、レコーディング長引きまして、曲が出来なくて5枚になったので、FIVE ROCK SHOWと呼ぶことに結果的になったんですけど、でもね、この曲まぁなんか僕なんかは、サザンはエリック・クラプトンが好きだったり、サザンというそのネーミングの由来もサザン・ロックっていうアメリカ南部のちょっと泥臭い、ちょっとこのロック、ブルースとか、ゴスペルとかをこう基調にしたそういう音楽にルーツにしたねミュージシャンに憧れてたの。でサザンオールスターズっていう名前に宮治くんがつけてくれたんですけど、宮治くんって友達が。

この頃はね、5枚シングル出して売れてないんですよ。いとしのエリーとか売れてたんですけど、思い過ごしも恋のうち、C調言葉に御用心ぐらいまで売れて5枚目ぐらいまでは売れてたんですけど、6枚目の涙のアベニューからどうしたことか、ベスト10に入らなくなった、えぇ。まぁ厳しいですよね。で、もうダメだろうなとまぁ、これからそのベスト10に入るとか、で、なんとなくこう、なんていうのかな、みんなでこうマニアックに考えながら、自分たちの趣味性みたいなものを出していくバンドになるんだろうなぁと、思っていて作ったのがこの曲だったりね、あとジャズマンなんて曲があったり、まぁFIVE ROCK SHOWはいなせなロコモーションから始まるんですけど、段々ね、ネタがなくなってきたり、うん、ポップな曲をかかなくてももういいかななんてね、、変な所に力が入っていたというか、入っていなかったというか、そういう時期でございましてね、よく出来てるね、いま聴くとね。うん。

エロティカ・セブン

涙のキッス

愛の言霊~Spiritual Message~

SEA SIDE WOMAN BLUES

マンピーのG★SPOT
えぇーっと1994年にこのマンピーのG★SPOTを録音していたんですけど、ちょうどLIVE UFOってのをねぇ、ミスチルとやってましたね。私とね。それでねぇ、大阪、東京とやったのかな。ミスチルとね、んでトークのコーナーがあって、えぇ、ミスチルはなんか新曲が出るっつって、丁度僕らも新曲を出すっていう時に、桜井くんにね、サザンの新曲なんですか?ほんとにシラフで聞かれたんですよ。で、まぁちょっといいづらかったんだけど、いやマンピーのG★SPOTっていうんだけど、代々木体育館でねぇ、我を忘れて桜井くんが笑い転げましたね。もうほんと素で笑い転げたね、そんなにいけないことだったのかなって思うぐらい、ちょっとオレはひいてしまったことがあるんですけど。

慕情

8月1日ラジオ

サザンリクエスト祭りPART1
生放送

映画ラブ&マーシーを見た。
ブライアン・ウィルソンの伝記映画
秀作。
泣けた。

HOTEL PACIFIC

さよならベイビー

あなただけを~SummerHeartbreak~
僕、この曲ね、自分でいうのもなんですけど、なんていうんですかね、サザンの曲の中でベスト10に入る。僕好きなんですけど。

いとしのエリー
さぁ、ほんとにね人生色んな事があるわけなんですけどね、あのぉこの曲を聴いてて思い出すのがね、録音している時を憶えているんですけどよく。忙しくてねぇ、なんかあのぉ、1979年デビューしてまぁ2年目ぐらいなんですけど、えぇ。あのぉテレビに出たりね、まぁとにかく仕事が忙しい、雑誌の取材やったり、CM撮りしたり、今思えば贅沢な事でね、いい経験させてもらったんですけど、なんかやっぱりこうメンバーのなんか気持ちもバラバラになっていたりしてね、オレねぇ、やっぱりこう早く辞めたかったの。うん、なんかもうこの仕事、仕事というかね、やってることが自分の本意と違うわぁという風にね、思ってね、そんな時になんか最後に作ろうかみたいな、まぁこれ以上あんまりもう曲をこう量産するとかね、オレには無理だなというかね、オレ達には無理だなと思っていた時期だったんですけど、そういう時になんていうんですかね、こういう曲が出来たというのはお陰様でなんですよ。周りのみなさんのお陰なんですけど、まぁメンバーもがんばって、うん。あのなんかくらぁーい気持ちで銀座の音響スタジオってとこでね、夜中までリズム録りしていたのを憶えてますけどね、まぁでもそういう一つ一つがね、今思えばいい経験だったな、いい経験させてもらったなと思うわけなんでございまして。

太陽は罪な奴

夏をあきらめて
私もこの曲好きなんですよ。自分でいうのもなんですけど。1982年ヌードマンというアルバルね。ジャケットがあの、あれなんかインド人かパキスタン人なんですけど、オレじゃないんですよ。海にね、あの素っ裸でね男の人。半沢さんというカメラマンがもっていたこうフィルムのネガの中から、こうこれがいいかななんて選んで、安易ですよね昔はね。たまたま半沢さんが旅行して録ってきたやつ(笑)そんな写真もありましたしね、八木正夫さんという日本のセロニアス・モンクといわれた私尊敬してお世話になった方が弦・ブラスをこの曲もやっております。

この頃私、私の話ばっかりして申し訳ないですけど、顎関節症がひどくてですね。口が開かなくて、口が開くとこうやっぱり自分の顎というか、顎の関節が斜めになるっていうかね、ズレるのがよくわかって、バキバキ音がしながら、よくこう音が、なんていうですかね、直に、なんにも音がないところで歌うとこうポキポキ音がね、してた時代もあるんですけど、色々あるもんですね。色々あってよかったなぁと思うんですけど。

このねぇ、この頃ねぇ、なんていうだろう、何人かの方がサザンの曲をカバーしてくれたりしたんですけど、あんまりオレ知らされてなかったんですけどね、その後どうなってんだろう。ふぞろいの林檎たちってテレビありましたけど、あれいまだから言えますけど、知らなかったんですよね。あのいとしのエリーとか、あれ見たことがない。そんな事いっちゃいけませんけど、この曲もね、某研ナオコさんていう人が、あの歌ってらっしゃいましたけど、あれも知らなかったんですけど、これミファソレシドミってところでね、キーはAmでね、Dm。研ナオコさんなんかはミファソラシド→Amっていっちゃってるから、いっちゃってるからってアレンジなんでしょうけど、オレとしてはちょっと残念だなって思ったりすることがあったんですけど、えぇ。そうこともあるんだと人生は。音楽はいろんな解釈があるぞという話でございまして。

カラオケなんか、カラオケいかないですけど、ごくたまにカラオケなんかに行くとやっぱりこうね、あの、ミファソレシドレ”ミ”って暗くおさまっているのがカラオケなんかで多いんですけど、ミファソラシドレ”Dm9″なんです。ちきしょーっていつも思うんですけども。それも人生であります。

いなせなロコモーション

TOKYO FMのスカロケ聴いてたらグリムスパンキーていうバンド
・いいバンド、最高。
・見上げた若者がいます。chayとか、グリムスパンキー。

鎌倉物語
日陰茶屋は逗子ですからね、私はなにを間違えたんでしょうか。日陰茶屋私もお世話になりました。日陰茶屋さんの庄衛門さん、亡くなられたいまね、息子さんがついでらっしゃいますけど、えぇ、素晴らしいご家族でございます。

弘がね、シモンズのドラム叩いてます。シモンズ、あのエレクトリックドラムですね。えぇ、よく聴くとリリースの長さが違うんですねぇ、久しぶりに聴いたらトゥーンという所もあれば、トゥーーンって長い時がある。結構弘こだわってやってたんですねぇ。面白いですねぇ。

あとヒロシからメールが来てね、まぁWOWOWでオンエアーする時に事前にこうチェック、メンバーでそれぞれがするんですけど、弘普段なにもいわないですよ。久しぶりにメールがきて、あのちょっとバランスがこうじゃないかみたいな事をね、まぁ自分のドラムも含めて、ちょっと小さいんじゃいの?と、すごく思い入れのある今回のライブだから、そのちょっとエンジニアの中山くんにいう前に、桑田にちょっとこれ言いたかったんだけどって、普段弘いわないからビビるわけですよ。でそれで木村主任やね、中山エンジニアにみんなにメールや電話してあーでって、結果良くね、たしかにその通りでね、なんかそれバランスを取り直して、そっちの方向にしてみんながんばってくれたんですけど、木村くんもみんな、中山さんもね、でWOWOWのオンエアになったんですけど、弘の一言っておっかない、すごい大きいんですよ。えぇ。よっぽどのことだろうとオレなんか思う、普段からそんなね、にこやかで寡黙で、プレイに徹する人間ですから、でもね、時々そういう事がね、まぁ、はじめてじゃないけどもね、あると私なんかビビるわけです。弘は今回いいプレイしてます。武道館たのしみですけども。

涙の海で抱かれたい~SEA OF LOVE~
2003年のシングルでね、なんかこうやっぱりもうあてにいっている感じがありますね、なんかね、もうファウルやチップじゃ許さないわよってね。

真夏の果実

I AM YOUR SINGER

冷たい夏
これ、オレ下田で作ったんだ。

東京VICTORY